第184話 結界術を修得しました

「平原の魔力が凪いだ……どうやら、結界が完成したみたいだな……」


 強力な魔物を生み出し続けていた魔境……『サブノック平原』であったが、その源泉である魔力はもはや人間に利用可能な資源となった。

 この地に人々が移住してきて、町を築けば……きっと豊かで平和な都市として発展することだろう。


「フン……見ていたかい、小僧共」


「あ、はい……凄かったです」


「すごかった……じゃないわさ。大事なのは学ぶことができたかだよ」


 メイティスが杖で地面を鳴らす。


「年寄りの仕事は後世の人間に知恵を残すんだから、ボーっと見ていられると困るよ。ちゃんと勉強してもらわなくちゃ、ババアが骨を折った甲斐がないじゃないか」


「あー……そうですね。その通りだと思います」


 レストが苦笑しつつ、頭を掻いた。


 百聞は一見に如かず。

 ちゃんと見て学んだことを、しっかり形で示すとしよう。


「【魔物避けの結界アンチ・モンスター・フィールド】」


 レストが見よう見まねで魔法を発動させた。

 レストの頭上に光の文様が描かれていき、一つの魔法陣を構築する。

 メイティスが作った魔法陣と比べるとかなりサイズは小さめであったが……天使の輪のような円環が回転しながら、レストを中心に半球状のドームを形成する。


「範囲はせいぜい二十メートルというところですけど……魔物を近づけない結界を張ることができました。これから、結界を張りながら移動もできるはずです」


 レストの結界は自分自身の頭上に構築したもの。絶えず魔力が吸い上げられているのを感じた。

 その代わり……地面に魔法陣を刻んだ場合と違って、結界ごと移動することができるのだ。


「…………」


 有言実行してみせたレストに、メイティスが目を見張った。

 そして……どこか不満そうに杖を振る。


「フンッ!」


「痛っ……!」


 標的になったのは、クタクタになって座り込んでいたルーカスであった。

 額を殴られたルーカスは頭を抱えて悶絶している。


「アルバートと同じで、可愛げのない小僧だねえ! まったく、面白くないったらありゃしないよ!」


「えっと……すみません?」


「……ババアが王宮に戻るまでしばらく時間があるから、いくつか結界術を教えてあげるよ。せいぜい、脳に刻んでおくことだね!」


「……ありがとうございます!」


 不機嫌そうな様子のメイティスであったが……どうやら、指導してくれるようだ。

 国で一番の結界術師の教えを仰ぐことができるなど、滅多にないことである。

 レストは降って湧いた幸運に感謝しつつ、メイティスに頭を下げた。


「すごいな、レストは。それにお婆ちゃんも格好良かったよ!」


「さすがはメイティス導師……あれほどの結界を術具を使ったとはいえ、たった一人で……!」


 ユーリがパチパチと拍手をしており、アイシスも感嘆の表情をしている。

 他の面々も珍しいものを目にして、興味深そうに地面の魔法陣を見下ろしていた。


「そういえば……この結界は四重に重ねてあるんだな」


 ふと、ユーリがそんなことを口にした。


「『魔物避け』と『豊穣』と『病魔避け』と……あと何だったかな?」


「『犯罪防止』……といっていたな」


 リュベースが答えて、すぐに大嫌いな女性に話しかけてしまったことに気がついて顔を背けた。


「あー……そうだなあ、言っていたなあ」


 後ろにいたアンドリューが困った様子で苦笑いをした。

 そして……結界を張った張本人であるメイティスを窘める。


「メイティス導師……『犯罪防止』の結界については秘匿事項ですよ」


「ん? ああ、そうだったかい。忘れていたよ」


 メイティスが杖の持ち手部分でこめかみの辺りを掻く。


「別に隠すことじゃないだろうに……まったく、時代は変わったってことかねえ。ババアには生きにくくって仕方がないよ」


「あー……アンドリュー殿下。もしかして、俺達が知ってはいけないことでしたか?」


「一応、そういうことになっているかな……まあ、別に良いか」


 レストが困った様子で訊ねると、アンドリューが大仰に両手を広げた。


「『犯罪防止』の結界というのは文字通り。結界内部にいる人間の犯罪を抑止する効果がある結界なんだ。人間の悪意や暴力衝動を抑え込んで、犯罪を起こりづらくするもの。要するに……精神に干渉する結界だね」


「精神にって……」


 レストが目を見開いた。

 まさか、不特定多数の人間の精神に作用する魔法が存在したのか。

 その結界はまさか、王都などにも張ってあるのだろうか?


「いくら犯罪防止が目的であるとはいっても、心に干渉されるのは面白くないと思うだろう? だから、その結界の存在は秘匿されているんだよ」


「それはまあ……そうかもしれませんね」


 いくら邪悪な目的ではないとはいえ、催眠や暗示をかけられるのは抵抗があるものだ。

 結界の存在を知ったら、気分は良くないだろう。


「だけど……犯罪は起こっていますよ。王都でも他の町でも」


 リュベースが口を挟んでくる。

 そんな結界が存在するのなら、どうして世の中から犯罪は無くならないのだろう。

 レストもまた同じ疑問を胸に抱いた。


「この結界はあくまでも、犯罪の原因になる悪意をいくらか抑える効果しかないからな……悪人が善人になるわけではないし、欲望が消えるわけでもない。気休め程度の効果しかないのさ」


「この竜穴から出る全ての魔力をそっちの結界に割り振ったら、犯罪を完全になくすこともできるかもしれないがねえ……まあ、一緒に人間性まで無くなってしまうかもしれないけど」


 メイティスが愉快そうに肩を揺らした。


 その言葉を聞いて、どうしてこの結界の存在が隠されているのかに思い至る。


(なるほど……たとえば、結界の効力を『犯罪防止』ではなくて『支配』とか『魅了』とかにしたら、町に住んでいる全ての人間を洗脳下に置けるかもしれないわけか……)


 もしかすると……過去にそういった事例があるのかもしれない。


「『犯罪防止』の結界については口外を禁じる。全員、忘れるように』


「「「「「…………」」」」」


 アンドリューの言葉に、一同は静かに頷いたのであった。

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