第185話 さらに結界術を学びます
宮廷魔術師であるメイティスが結界を張ったことにより、魔境である『サブノック平原』の開拓は一段落つくことになった。
平原から魔物はどんどん消えている。『魔物避け』の結界の効果だろう。
もちろん、魔物は塵になって消えたわけではない。
平原から逃げ出しただけなので周囲の地域に被害が出かねないが……もちろん、事前に対策はしている。
平原中心部から外縁にかけて魔物用のトラップをあらかじめ仕掛けており、そこで多くの魔物が討伐されることになった。
残念ながら、罠をすり抜けて外に出てしまったものもいたが……周囲の村や町には警戒を呼びかけていたため大きな被害は出ていない。
こうなると……魔境はもはや普通の土地と変わらなかった。
後は移住者を募っていき、町や村を築いていくだけである。
作物も育ちやすいため、移民も順調に集まってきていた。後は放っておいても発展していくことだろう。
「ほれ、アンタ達。魔方陣の構築が遅いよ。もっとチャッチャとやりな!」
「「「「「はい」」」」」
開拓が進んでいく一方。
開拓団の拠点、その建物の一つで臨時の魔法授業が開かれていた。
並べられたテーブルには大勢の若者が座っており、魔力を練っている。
「結界術の基本はまず術式を頭に入れることだよ! 曖昧な記憶でやろうとしても絶対に失敗するだけだから、まずは紙に術式を書き写しな。覚えるまで何度でもだよ!」
講師として教鞭を振るっているのは結界術の達人……ジャラナ・メイティスである。
最古参の宮廷魔術師であるメイティスは滅多に王宮外に出ることはなく、顔を合わせる機会は滅多になかった。
そんなメイティにどうしてか気に入られたレストは、結界について指導を受けることになったのだが……そこに他の少年少女も集まってきた。
「お願いします、私にも教えてください!」
「よろしくお願いします、メイティス導師様!」
そんなふうに頭を下げてきたのは、開拓に参加していた学生達である。
魔法科の生徒である彼らは貴重な機会に必死に食いついてきて、メイティスに指導を求めてきたのだ。
「フンッ! 才能がない奴に構っている暇はないよ!」
そんな生徒達に、メイティスが杖で地面を叩きながら言う。
「だから、無能と判断されないようにしっかりと付いて来な! ババアの指導は厳しいから覚悟しておくんだね、ガキ共!」
メイティスは口こそ悪いが、普通に面倒見の良い人物だった。
『才能がない奴には教えない』などと憎まれ口を言いながら、指導を求めてきた生徒全員に教える機会を与えていた。
「うーん、難しいわね……全然、ダメだわ」
「結界術はセンスが試されますからね……」
授業にはヴィオラとプリムラも参加していた。
二人とも「うんうん」と唸りながら、魔力で図形を描いている。
「二人とも、できている方じゃないか。私は全然ダメだな」
ユーリが困ったように首を傾げる。
ユーリもまた何故かこの授業に参加していたが、魔力量が足らずにまるで身についていなかった。
「フン……アルバートの娘達はそれなりにできるじゃないかい。特にプリムラだったね……アンタは筋が良いよ」
メイティスがローズマリー姉妹のところにやってきて、フフンと鼻を鳴らす。
「アンタ、裁縫や編み物みたいな細かい作業が得意だろう? そういう奴には結界術は合っているんだ。その調子で精進しな」
「ありがとうございます、メイティス導師様」
「カトレイアの娘は……本格的に才能がないからもう止めな。表を走ってきた方がまだタメになるよ」
「うー……やっぱりダメか……」
プリムラが誇らしそうに微笑んで、ユーリが肩を落とした。
「それに……小僧。アンタももうやらなくていいよ」
「…………」
そして……メイティスが同じテーブルについているレストにも目を向けた。
「アンタに教えられることはもうないよ。免許皆伝ってところだね」
「ありがとうございます、導師」
レストが礼を言い、両手の間に浮かべた魔方陣をもてあそぶ。
メイティスの授業が始まってから一週間になるが……すでに、レストは彼女が教えてくれた結界術を全て修得していた。
結界術は一つ覚えるだけでも一ヵ月以上、場合によっては数年がかかるそうだが……レストはそれらを一目見ただけで覚えている。
「……呆れた才能だよ。まったく、可愛げがないガキだねえ。ババアは嫉妬しちまうよ」
「恐縮です。導師の教え方が良いんですよ」
「お世辞だね。魔法だけじゃなくて、女を口説く才能もあると見た……あと百年早く出会っていたら、押し倒していたところだよ」
「…………」
不気味に笑うメイティスに、レストは顔が引きつりそうになる。
もちろん、失礼なので表情は変えなかったのだが。
「教えられる結界術は全て仕込んだよ。残りは……特別な許可がない人間には調べることも許されない秘術だけだね。知りたかったら、まずは宮廷魔術師にでもなってみな」
『犯罪防止』の結界のように、存在を知ることすら許されない魔法がある。
宮廷魔術師のように特別な資格を持った人間でなければ、学ぶことすら違法になってしまうのだ。
「ありがとうございます、助かりました」
「フン……礼ならいらないよ。その調子で精進して、ババアを楽させるくらい立派な魔術師になることだね」
憎まれ口を残して、メイティスが他の生徒のところに歩いていった。
「すごいわね……さすがはレストだわ」
「すごいですね、さすがはレスト様」
ヴィオラとプリムラが同時に称賛の言葉をかけてくれる。
「いや、それほどでもないよ」
「それほどでもあるだろう。この図形を覚えるだけでも、私だったら頭がグルグルだよ」
ユーリが頭の両側でクルクルと指を回す。
脳筋のユーリは勉強が得意でないらしい。学園の入学試験ではそれなりに点数を取っていたそうなので、意欲はあるのだろうが。
「こういう図形とか数式を覚えるのは得意なんだ……昔からね」
前世でも得意科目は数学だった。
微分積分やらと比べると、結界術の術式は簡単だとすら思える。
「それじゃあ、邪魔をしないように外に出ているよ。二人とも、無理はしないようにね」
「私も出よう。言われたとおりに表を走ってくる」
「ええ、また後で」
「後で」
レストはユーリを連れて、臨時の教室となった建物から外に出ていった。
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