第186話 とうとう接触してきました

 レストとユーリは結界術教室となった建物から外に出た。


「それじゃあ、レスト。私は走ってくるぞ」


「あ、本当に走るんだな」


「ああ、そうするように言われたからな!」


 ユーリはシュタシュタとその場で足踏みをする。

 素直というか真面目というか、いっそアホと言いたくなるような娘だった。


「わっ!」


「ッ……!」


 そのまま、走っていこうとするユーリであったが……走り込んだ先で急に足を止めた。

 建物の陰から出てきた誰かとぶつかりそうになってしまったらしい。

 すんでのところで急停止して、直撃は避けたが……相手は地面に尻もちをついてしまった。


「すまない! 大丈夫か!?」


「おい、ユーリ! 何をやって……え?」


 駆け寄ったレストが目を瞬かせた。

 そこに尻もちをついている少女に見覚えがあったのだ。


「…………痛い」


「君は確か、ラベンダー辺境伯家の……?」


 そこにいたのはウルラ・ラベンダー。

 ラベンダー辺境伯家の代表である令嬢だった。

 この開拓村で何度か姿を見かけ、会議などでも顔を合わせているのだが……まさかこんなところで接触しようとは。


「すまない……私としたことが、大丈夫か?」


「怪我はなさそうだが……立てるか?」


 アワアワとしているユーリに代わって、レストが手を差し伸べた。

 立ち上がらせて、場合によっては治癒魔法で手当てをしてあげようとするが……何故か、ウルラが固まっている。


「ッ……!」


「お……おお?」


 カーテンのような紫色の前髪の向こうから、ビンビンと見つめられているのを感じる。

 何故、そんなにも強い眼差しを向けてくるのだろう。

 ウルラとはほぼ初対面。お互いに顔と名前を知っている程度の付き合いだったはずなのだが。


「…………です」


「え?」


「鼻血、出るです……」


「わあっ!」


 宣言通り。

 次の瞬間、ウルラが鼻から真っ赤な血を噴き出した。


「ちょ……何で尻もちついて鼻血出るの!?」


 レストが焦って叫んだ。

 顔をぶったようには見えなかったのだが……もしかして、レストの見えない角度でユーリとぶつかったのだろうか。

 ボタボタと赤い血がウルラが着ているスカートに落ちて、染みが広がっていく。


「め、めめめ……メディーック!」


 一方で、血を見たユーリが錯乱して叫ぶ。


「た、大変だ……私のせいで……誰か、どなたか治癒魔法ができる方はいないかー!?」


「いや、俺ができるから落ち着け!」


 レストはウルラの横にしゃがみ込んで、ウルラの頭に手を乗せる。


「【治癒ヒール】」


 淡い光がウルラの頭部を包み込み、出血が止まった。

 頭を打った様子はなかったので大丈夫だと思うが……レストが水の魔法で濡らしたハンカチをウルラの顔に当てる。


「とりあえず、これで大丈夫だと思いますけど……痛みなどが残るようだったら、治癒師に相談してください。場合によっては、治療費をお支払いいたしますので」


「すまない……本当にすまない……」


「はふ……」


 ユーリが飼い主に怒られた犬のようにシュンッとした様子で地面に座り込んだ。


「いえ……悪い、私です。むしろ……ご褒美」


「はい?」


「ありがとうございます……」


 ウルラがレストと、何故かユーリにも頭を下げて礼を言う。

 治療したレストはともかくとして……ぶつかってきたユーリにまで、どうして礼を言っているのだろうか。


「えっと……貴女はその……」


「ウルラ、です」


「ええ、ラベンダー辺境伯令嬢……」


「ウルラ、です」


「あ、はい。知ってます。ウルラ・ラベンダー嬢……」


「ウルラ、です」


「…………」


 何だろう。

 このRPGで同じセリフを繰り返すNPCのような反応は。

 レストは小柄な紫髪の少女から謎の圧力を感じつつ……とりあえず、要望通りにしてみることにする。


「ウルラ嬢」


「…………はふう」


「ええっ!? また鼻血出た!?」


 ウルラが再び、鼻血を噴き出した。

 レストは慌てて治癒魔法を……先ほどよりも高位の魔法をかける。


「だ、大丈夫ですか? 本当に……治癒師に診てもらった方が……」


「私が呼んでこよう! 待っていてくれ!」


 ユーリが猛然と駆けていく。

 魔物の討伐なども行っている開拓村では、当然ながら治癒師や神官が常在している。

 あのスピードである。すぐに専門家を呼んでくることだろう。


「むしろ、またぶつかって怪我人を増やさないか心配なのだが……」


「……大丈夫、です。怪我ない」


 ウルラがレストの上着の袖を掴んで、引っ張ってきた。


「ご褒美、です」


「ご褒美って……ええっと、東の方のスラングか何かでしょうか?」


「違う」


 ウルラが再び、レストのことを見つめてくる。

 睨んでくるというよりも観察しているといった視線だった。

 不快感はないのだが……妙な居心地の悪さを感じてしまう。


「とりあえず、どこか休めるところに移動しましょうか」


「お願い」


「はい、すぐに……」


「お願い、ある……です」


「え?」


 ウルラがクイクイと袖を引いて、何事かを主張してくる。


「魔物。倒して欲しい……東側の」


「…………?」


 ウルラの言葉に、レストは眉をひそめる。

 短い言葉。断片的な情報からの推測であるが……もしかして、ラベンダー辺境伯家が開拓の指揮を執っている東側で強力な魔物が出たのだろうか。

 レストの推測にウルラがコクリと頷いた。


「竜、出た」


「…………」


 ウルラの発言にレストが言葉を失った。

 どうやら……思いのほかに、事態は深刻なのかもしれない。

 場合によっては、アンドリューにも報告しなくてはいけないだろう。


「とりあえず……詳しい話を聞こうかな……」


 レストは謎の脱力感から肩を落として、ウルラから話を聞き出そうとするのであった。

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