第187話 ウルラからの依頼
ウルラ・ラベンダーは東の国境守護を担っている辺境伯家の令嬢である。
ラベンダー辺境伯家は武闘派中の武闘派貴族であり、魔法のローズマリー侯爵家、武芸のカトレイア侯爵家と並ぶ王国の剣だった。
かつて……東の隣国であるガイゼル帝国との戦時中には、誰よりも勇敢に戦って多くの敵兵を討ち取ったらしい。
もちろん、もっとも多くの被害を出した貴族もまたラベンダー辺境伯家なのだが。
「つまり……平原東側にある湿地帯に竜が出たわけか……『ワーム』が」
場所は変わって、とあるオープンカフェにて。
オープンカフェとはいったものの……場所は魔境の前線にある開拓村である。
その店は決して洒落たものではなく、木箱の椅子とタルのテーブルを並べただけの地味な場所だった。
「ワーム……確かに、竜の一種だったな」
つい先ほどまで敬語で会話をしていたのだが、ウルラの希望によってタメ語に切り替えていた。
実際、レストとウルラでは立場にそれほどの違いはない。
レストは伯爵家の当主。ウルラは辺境伯家の一人娘で後継者。
辺境伯爵というのは一般的な『伯』とは別物であり、より高い権限と領地が与えられている。事実上の力は公爵や侯爵にも匹敵していた。
「そういえば……今日はいつもの従者はいないのか?」
「…………ん」
ふと気づいたことを指摘すると、ウルラが明後日の方向を向いた。
視線を追っていくと……建物の陰に会議などに同行していた従者の姿がある。
「…………」
従者の女性はまるで張り込み中の刑事のように物陰に隠れて、レストとウルラのことを見つめている。
「……何、アレ?」
「…………護衛?」
「何故、疑問形?」
よくわからない少女である。
ともあれ……ウルラの頼みごとについて、改めて考える。
ウルラの口調は非情に断片的で短いものだったが……身振り手振りと筆談を交えることにより、どうにか必要な情報を引き出すことができた。
ラベンダー辺境伯は平原東側の土地の開拓を担当しているのだが、そこにある湿地帯に『ワーム』という竜の一種が現れたらしい。
ワームが邪魔をしているせいで、開拓が滞ってしまっているそうだ。
「最近……すごい……」
「……最近、特にワームの動きが活発になっていると」
「きっかけ……結界……」
「ああ……魔物避けの結界を張ったことで、ワームが刺激されてしまっているんだな。つまり、俺にも遠因があるわけだ」
あくまでも主導したのはアンドリューだったし、あらかじめラベンダー辺境伯にも結界を張ることを伝えて警戒を促してある。
そのため、責任を取る必要はないのだろうが……それでも、目の前の少女に負担がかかったのは事実だった。
(アンドリューに報告はするとして……結局、俺が行くことになる気がするな)
ワームは竜としてはランクが低いのだが、それでも竜は竜である。
魔獣サブノックよりも強いとは思わないが……かなり強い魔物のはずだ。
「アンドリュー殿下の指示を仰いでからになるが、魔物退治をするのは構わない。どうせ、乗り掛かった舟だからな」
レストは……クローバー伯爵家はいずれ平原北部に領地を得る。
同じく、平原東部の一部を割譲される予定のラベンダー辺境伯家とは、ご近所さんと言うことになるだろう。
ならば、おかしな遺恨を残すよりも『貸し』を作っておいた方が良いに決まっている。
「……嬉しい。やった」
レストが了承の返事をすると、ウルラが頬に両手を当てて嬉しそうに言った。
ほんのりと頬が赤く染まっており、唇が花びらのようにほころんだ。
前髪のカーテンがハラリとめくれて、虹色に輝く美しい瞳が覗いてくる。
「へえ……」
可愛いではないか。
特に瞳の色……光の加減によって色彩を変えるプレシャス・オパールのような輝きである。
(不思議な色をしているけど……もしかして、『魔眼』とかだったりするのかな?)
魔眼というのは『邪視』や『聖痕』とも呼ばれるもので、生まれつき特別な魔法が刻まれた瞳のことをいう。
珍しいものではあるが……例えば、魔力の流れを視覚情報として把握する『魔視眼』などは持っている人間はそれなりにいる。
(人の未来や過去を視ることができる魔眼もあるっていうしな……何というか、中二病みたいだけど少しだけ羨ましい)
「話は聞かせてもらった!」
その時、高々と声が響いた。
シュタッと音を立てて、頭上からユーリが現れた。
「ふぐお……」
ユーリは治癒師らしき老人をお姫様抱っこしている。
どうやってここまで移動してきたのだろう……運搬されてきた老人は目を回していた。
「そのワーム退治だが……私も行くぞ!」
「あ、本当に聞いていたんだな」
「ああ、耳は良いのだ。怪我をさせてしまったお詫びだ。全身全霊で魔物退治に協力しよう!」
ユーリが高々と宣言する。
予想外のことではあったが……新たなミッションが発動。
レストはウルラの依頼により、ユーリと一緒にワーム退治に行くことになったのである。
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