第36話 セドリックは筆記試験に苦しむ

 セドリック・エベルンは幼少時から、魔法の天才だと持てはやされてきた。

 同年代の少年少女よりも明らかに魔力量が多く、魔法の覚えも良く、いずれは確実に宮廷魔術師になれるだろうと父母から溺愛されている。


 そうして甘やかされてきたせいで人を思いやる心を知らず、自分勝手な人間に育ってしまったが……魔法の才能だけは本物のはずだった。

 同い年で腹違いの弟が魔力無しだったことも彼の自尊心に拍車をかけている。

 無能な息子を疎む父親、愛人の子を憎む母親にならって弟を虐待するうちに、人を傷つけることへの躊躇いを無くしていった。


 もしもセドリックが本当に宮廷魔術師になって子爵の地位を得ていたら、傲岸不遜で邪悪な貴族が生まれてしまい、少なくない人達に迷惑が掛かっていたことだろう。


 しかし、世の中には神の裁きというものがあるらしい。

 これまでずっと好き勝手に振る舞っていたセドリックに、その日、一つの審判が下されようとしていた。



     〇     〇     〇



(クソッ! クソクソクソがあっ! 何でこんなに難しいんだよ!)


 王立学園。入学試験当日。

 講堂で筆記試験の問題に向かい合いながら、セドリック・エベルンが内心で罵倒の声を上げる。

 広々とした行動には多くの貴族の子弟が集められており、試験を受けていた。

 今日は学園入学試験のうち、貴族枠の試験である。

 周囲にいる人間はいずれも身なりが良く、育ちの良さそうな雰囲気。

 セドリックと同じ新興の貴族もいれば、明らかに高貴な空気を纏った上位貴族の子弟もいる。


(チクショウ……この問題は確か参考書で……ああ、クソが! 思い出せねえ!)


 周りから聞こえてくるペンの音がセドリックの焦燥を駆り立てる。

 しかし、いくら焦ろうともそれで問題が解けるようになるわけではない。

 机に置かれた答案用紙は半分近くが白紙であり、刻一刻と試験終了の時間が近づいてきている。


(魔法の天才である俺がこんなに手こずるなんて……これも全部全部、あの無能の出来損ないのせいだ! アイツが侯爵家に引き取られたせいで、勉強に集中できなくなったんだ……!)


 セドリックの脳裏に浮かぶのは腹違いの弟……レストの顔である。

 セドリックは幼少時から、ことあるごとにレストに魔法を撃って痛めつけていた。

 新しい魔法を覚えたら真っ先に実験台にして、そうでなくとも、嫌なことがあったらストレス解消のためにレストを虐待している。

 元々、セドリックは魔法の才能こそあるものの、歴史や数学など魔法以外の座学は得意ではない。

 試験勉強の合間にレストを痛めつけることでストレスを解消していたのだが、一年前、レストがローズマリー侯爵家に引き取られたことでそんなルーティンができなくなってしまった。

 それ以来、勉強に集中することができなくなり、準備不十分で入学試験に挑むことになってしまったのである。


(あのクズ野郎がどうして侯爵家に引き取られたんだ? どうせ下働きでもやらされてるんだろうが……ヴィオラとプリムラのすぐ傍にあの出来損ないがいると思うと、ムシャクシャして仕方がない……!)


 セドリックはかつてローズマリー侯爵家の姉妹と出会い、彼女達を一目で気に入っていた。

 将来は姉妹のどちらかを……あわよくば両方を妻にして、花のように美しい彼女達を好きにしたいと考えている。

 だが……姉妹を森に連れ込んで危険な目に遭わせて以来、二人と顔を合わせていない。

 謝罪のために会わせて欲しいと侯爵家に要望しても、取り付く島もなく一蹴されていた。


『学園に入学さえすれば、また顔を合わせることもあるだろう。焦ることはない』


『そうよ。貴方はあの野良犬とは違う選ばれた子なんだから。良いところを見せつければ、必ず好きになってもらえるわ』


 父母はそう言ってくれているものの……麗しの姉妹のすぐ近くにレストがいると思うだけで、セドリックの腹にフツフツと苛立ちが沸き立って勉強にも集中できなくなってしまうのだ。

 試験を受けているその瞬間ですら、弟の顔がよぎって煮えたぎるような怒りの感情が止まらない。


「試験終了まであと五分です」


「ッ……!」


(クソクソクソクソクソクソッ! クソがああああああああああああっ!)


 試験官の声を聞いて、セドリックは表情を歪めて必死に問題を解こうとする。


 結局、セドリックがまともに回答することができたのは答案全体の七割ほどだった。

 その七割も全てが正答だという保証はない。

 筆記試験の最低合格ラインは六割以上の正解であると事前に言われており、かなり際どいラインで試験前半を終えたのであった。

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