第35話 姉妹の入学試験が終わりました
魔物討伐を終えたレストとディーブルがローズマリー侯爵家の屋敷に戻ると、玄関ホールにヴィオラとプリムラが待っていた。
二人はレストが帰ってきたのを見ると、パアッと輝くような笑顔になる。
「あ、お帰り! レスト!」
「お帰りなさい。レスト様。お怪我はないですか?」
「ただいま。ヴィオラ、プリムラ」
出迎えてくれた姉妹にレストは微笑みかけた。
二人が駆け寄ってきて、レストの手を握りしめてくる。
この屋敷に来て一年間が経ち十五歳になったが、レストと姉妹との関係に大きな変化はない。
相変わらず、二人からは過剰なスキンシップがあるが、一線を越えることなく均衡を保っている。
変わったことといえば、ヴィオラがレストのことを呼び捨てにするようになったこと、レストが姉妹に敬語を使わなくなったことくらいだろう。
「二人とも、試験はどうだった? 難しかったかい?」
「バッチリよ! 文句なし!」
「問題ありません。たぶん、受かっています」
「それは何よりだ。心配していたから安心したよ」
「次はレストの番よ。落ちちゃったら承知しないんだからね!」
「もちろんだとも。絶対に合格してみせるさ」
ヴィオラの念押しにレストは大きく頷いた。
もちろん、不合格になるつもりはない。
人生の岐路になるであろう試験、絶対に受かってみせる。
王立学園の入学試験は『貴族枠』と『平民枠』に分けられており、平民の試験は貴族の試験が終わった一週間後に開かれる。
学園は『魔法科』、『騎士科』、『文官科』、『神官科』、『芸術科』の五つの学科に分けられていて、レストと姉妹が受けるのは魔法科の試験である。
「試験内容は昨年と同じだったようです。最初に全学科共通の筆記試験があって、それから学科別に分けて実技試験があります。魔法科の試験は例年通りの『的撃ち』でした」
プリムラが試験内容を説明する。
『的撃ち』は魔術師の力量を測定する一般的な方法であり、的に魔法を撃ち込んで特殊なマジックアイテムで威力を測定するというものだった。
魔法科の試験は例年通りのやり方のようである。
「あ……そういえば、試験会場で貴方のお兄さんを見たわよ」
「セドリックを?」
「ええ、私達に話しかけたそうにしていたから無視しておいたわ」
「…………」
ヴィオラの言葉にレストがピクリと眉を上げる。
セドリックも同い年なのだから試験を受けることは当たり前だが……侯爵家の屋敷に来てから名前を聞いていなかったため、忘れていた。
(最後に会ってから一年。あれだけの失敗をやらかしたんだ。反省して成長しているといいんだが……)
「実技試験の結果がイマイチだったみたいでさ。『これは不正だ』とか『やり直しを要求する』とか大騒ぎしていたわよ」
「『これは何かの陰謀だ』とも言ってましたね……何というか、すごく見苦しかったです」
「……まったく成長していなかったみたいだな。いや、正直予想通りだが」
顔をしかめて不快そうにしている二人に、レストも苦笑いになった。
どうやら、セドリックは試験会場で問題を起こしたようである。
原因は実技試験の結果が良くなかったからのようだが……これは少しだけ、予想外だった。
「……筆記試験ならまだしも、実技試験でやらかしたのか? あのセドリックが?」
人間性には問題のある男だが……魔法の才能は同年代でトップクラスだったはず。
無限の魔力を持っているレストのような規格外を除けば、負けることはないだろう。
才能だけならばローズマリー侯爵も認めていたし、だからこそ、姉妹と引き合わせる時間を作ったのだから。
「あんなのがお兄さんだとか、本当に大変よね。あんなの家の恥じゃないの」
「私は兄や弟が欲しいと思ったことがあるんですけど……アレはいらないです」
姉妹のセドリックに対する評価は辛辣である。
セドリックのせいで一度は死にかけたのだから、当然といえば当然だ。
「筆記試験の結果にもよるけど……あの調子だと、不合格かもしれないわね」
「…………そうか」
セドリックが不合格だった場合、宮廷魔術師になるという目標が断たれることになる。
よほどの理由がない限り、王立学園を出ていない人間を王宮が登用することはないからだ。
(そうなると、エベルン名誉子爵家が子爵になるという悲願も達成できなくなるわけか……親父が怒り狂いそうだな)
エベルン家は先代・当代と続けて名誉子爵を叙爵しており、セドリックが宮廷魔術師になって名誉子爵になれば、正式に子爵になれるはずだった。
絶対に宮廷魔術師になれるだろうと思っていた息子が、天才だと持て囃されていたセドリックが不合格になったら、それはもう狂乱するに違いない。
(そして、魔力無しの出来損ないだと思っていた俺が学園に合格したら、いったいどれほど悔しがることか)
父親や兄に報復したいとまで思っていないが、彼らが後悔するのは大歓迎だ。
せいぜいみっともなく喚いて踊ってもらおう。
「俄然、やる気が出てきたな。合格したい理由が一つ増えた」
セドリックの合否はともかくとして、絶対に受かってみせる。
レストは改めてその意志を強く固めるのであった。
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