第34話 免許皆伝されました
それから一年間。
レストは学園入学に向けて受験勉強に励んだ。
何度も何度も参考書に目を通し、わからない部分は姉妹に聞くだけではなく書庫で調べて。
並行して、執事のディーブルと殴り合う日々。
すでにディーブルが修得している魔法の大部分を使えるようになった。
ヴィオラやプリムラが鍛錬に混じってくることもあるし、たまにアイリーシュ夫人まで入ってきて追いかけ回されるのもご愛敬。
十分な実戦経験を積んだことにより、二回に一回くらいはディーブルに勝つことができるようになった。
格闘術などはまだまだ勝てないが、単純な魔法の腕前だったらすでに超えている。
今すぐ宮廷魔術師になってもやっていけるだろうと太鼓判を貰った。
『今のレスト殿であれば、入学試験も問題なく通ることでしょう。ただし……
「……相手がどんなに弱い相手でも油断するな、ですよね。ディーブル先生」
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」
レストの独り言を
視線の先、森の中からいくつもの異形の人型が出てきて、こちらに向かってきている。
灰褐色の肌、毛の生えていないツルツルの頭部。ムクムクと膨れ上がった身体は風船のようでありながら、表面はぶ厚い筋肉の装甲で覆われている。
人間ではない。オーガと呼ばれる魔物だった。
森から次々と姿を現したオーガはいきり立った雄叫びを上げながら、待ち構えていたレストめがけて突進してくる。
「さあ、
すでに準備万端。敵もやる気になっている。
待ってやる理由はない。レストは魔法を発動させて地面を蹴る。
「【
肉体能力を向上させ、同時に速度を上昇させる魔法を発動。
二重奏による並列魔法によって目にも止まらぬ速さで駆けていき、先頭のオーガに肉薄する。
「グギャッ!?」
「【
ゼロ距離から放った風の刃により、切断されたオーガの頭部が宙を舞う。
仲間がやられたのを見て、別のオーガが手に持った棍棒を振り下ろしてくる。
「ガアッ!」
「【
慌てることなく魔法を発動。
地面から盛り上がってきた土の壁がオーガが振り下ろした棍棒を受け止めた。
「かーらーのー【
「ギャンッ!」
自分を守った土の壁に手を触れて、次の魔法を発動。
壁の反対側から尖った杭が飛び出して、攻撃してきたオーガを刺し貫く。
「【
離れた場所にいるオーガには遠距離魔法で攻撃。
赤、青、黄色の閃光が次々と射出されて、オーガの身体を打ち抜いていった。
「「「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」」」
単体では勝てないと判断したのだろう。
数体のオーガが一斉に飛びかかってきて、圧倒的な重量でレストを押し潰そうとする。
「【
レストを中心に白い煙が発生。その姿を包み隠した。
「「「ガアッ!?」」」
同じく、煙に包まれたオーガが混乱の声を上げた。
無茶苦茶に棍棒を振り回して同士討ちをして、仲間同士で殴り合う。
「フッ!」
そんな混乱の坩堝をレストは姿勢を低くして駆ける。
【
振り回されたオーガの拳や棍棒をかいくぐりながら、魔法を放って確実に一匹一匹仕留めていった。
やがて森から出てきたオーガの大部分が撃破される。
「これで終わり……じゃなさそうだな」
「グウギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
森から一際大きな絶叫が響いてくる。
先ほど倒したよりも二回り以上は大きなオーガが、木々を薙ぎ倒しながら現れる。
赤い体色をしたそのオーガはおそらく変異種だろう。『オーガジェネラル』などと呼ばれている怪物だった。
(ホワイトフェンリルよりも上位の魔物。人里に現れたら、村の一つや二つ消えてなくなることだろうな)
ローズマリー侯爵家に引き取られたばかりのレストであれば、勝てなかったかもしれない。
しかし、今のレストはあの頃とは違う。
少しの焦りも見せることなく、オーガジェネラルを見据えながら魔力を練った。
「【身体強化】、【
肉体を強化する魔法。腕力を強化する魔法。
「【
身体を土でコーティングする魔法。
右腕の肘から先の部分を土で覆って、巨大なグローブを生成した。
土のグローブの先端には尖った
「【加速】!」
そして、速度を上昇させる魔法。
一瞬でオーガジェネラルの懐に踏み込んで、右腕を振るった。
オーガジェネラルのぶ厚い胴体に棘付きのグローブがめり込み、バキボキと骨が砕ける音が鳴り響く。
「グウギャアアアアアアアアアアアアッ!?」
オーガジェネラルの絶叫。
離れた場所にいたはずのレストが瞬きほどの時間に近づいてきていて、攻撃された。
何が起こったのか理解できていないことだろう。
(まだ叫ぶ元気があるんだな……!)
「【火砲】」
ダメ押しの一撃。
めり込んだ拳の先端から炎の魔法を放出した。
「ッッッッッッッッッッ~~~~~~!!」
オーガジェネラルの口から、鼻から、眼球から炎が噴き出した。
声にならない絶叫。
身体を内側から焼かれて、オーガジェネラルが仰向けに倒れる。
「……勝った」
念のため、【気配察知】の魔法で周りを確認する。
この場において生きている気配はレストを除いて、一つだけ。
全てのオーガが息絶えているようだった。
「お見事」
パチパチと拍手の音がして、木の陰に隠れていた気配が姿を現した。
「素晴らしい戦いぶりでした。これは合格点を出さなくてはいけませんね」
「ありがとうございます、ディーブル先生」
現れたのは執事服の男。
レストにとっての戦いの師匠であるディーブルだった。
森から飛び出してきたオーガの群れであったが、彼らを追いこんで外に出したのは他でもないディーブルなのだ。
少し前から、レストは実戦訓練として、ディーブル同伴で魔物と戦うようになっていた。
戦う魔物はいずれも強力な敵ばかり。
ローズマリー侯爵が宮廷魔術師の伝手を使って仕入れてきた情報に基づいて、たびたび遠征を行っていた。
「免許皆伝。もう私に教えられることはありませんね」
ディーブルが満足そうに微笑んで、そんなことを口にした。
「来週には学園の入学試験があります。これからは学園で多くの人と出会い、経験を積み、自分のやり方で己を鍛えてください。貴方に教えることができて本当に良かった」
「それはこちらのセリフですよ、先生。貴方に教わることができて良かったです……」
レストは涙が滲みそうになるのを堪えて、グッと鼻水をすする。
ローズマリー侯爵家にやってきてから、本当に良い出会いをしてばかりだ。
この恩は一生かけても返そうと心に決める。
「それでは、帰還いたしましょう。お嬢様達が待っておられます」
「はい。二人とも、そろそろ試験が終わって帰って来てますね」
王立学園の入学試験は貴族が平民よりも一週間早く行われる。
今日が二人の試験当日であり、もう屋敷に戻ってきていることだろう。
「二人だったら問題ないでしょうが……心配ですし、早く帰りましょう」
「ええ。どちらが早く屋敷にたどり着くか競争しましょうか」
「望むところです」
レストとディーブルは魔法によって速度を強化して、高速で街に向かって駆けていく。
森の手前には大量のオーガの死骸が転がっていて、後からやってきた侯爵家の使用人によって片付けられるのだった。
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