第33話 ローズマリー姉妹は猛攻する


 紆余曲折はあったものの……アイリーシュに認められたことにより、レストは正式にローズマリー侯爵家への婿入りが決まった。

 父親にして当主であるアルバートも渋々ながらレストが姉妹を娶ることを認めて、三人の仲は家中では公認のものとなっている。


 問題があるとすれば……レスト自身が姉妹の婚約者になったのを知らないということ。

 レストはあくまでも使用人見習いとして、姉妹の命を助けた謝礼として、屋敷に迎え入れられたと思っている。

 姉妹がやたらと距離を詰めてくることにはさすがに違和感を持っているが……それが愛情だとまでは思っていない。


 鈍いというよりも、それは愛された経験値の少なさからくるものだろう。

 前世において親から愛されることなく、自分の生活のために必死になって勉強して、バイトをして……友達はいたが恋人はいなかった。

 今生の人生ではまだマシだが、母親と顔なじみの司祭、平民時代に友人が何人かいたくらいで恋愛経験は皆無。

 自分が赤の他人から愛してもらえるという発想がそもそもなかったのだ。


 だからこそ、ローズマリー姉妹は猛攻する。

 少しでもレストに女性として見てもらえるように、徹底的な『攻め』を選んだのであった。


「…………あの」


「な、何かしら。レスト君」


「何でしょうか、レスト様」


「この状況は……いくら何でもおかしくはないですか?」


 自分が置かれているあり得ない状況にレストは顔を引きつらせる。


 三人がいる場所はローズマリー侯爵家の浴室。つまり風呂場である。

 レストは下半身にタオルを巻いて大切な部分を隠しただけという格好。

 姉妹は裸でこそないものの、肌の上に薄いローブのような湯着を羽織っただけ。

 しっとりと濡れたことで白い湯着が肌に貼りついており、身体のラインが色っぽく浮き上がっている。

 そんな扇情的な格好の美少女がバスチェアに座ったレストの背中を流してくれていた。


(お、おかしい……これは絶対におかしいぞ……!?)


 レストは心の中で錯乱する。

 ヴィオラとプリムラがレストに命を救われて、そのことで感謝してくれているのはわかっている。

 しかし、だからといってこれはやり過ぎだ。

 勉強を教えてくれるだけならばまだしも、背中を洗ってくれるなんて明らかに御礼の域を超えている。


「力加減はどうですか?」


「ヒッ……!」


 囁くように言いながら、プリムラが身体を寄せてきた。

 背中に柔らかな膨らみが押しつけられて、フニュリと形を変える。


(なん、だと……!?)


 何だ、背中に当たるこの重量感は。

 勉強時に膨らみを押しつけられたことはあるが、そのときとは感触がまるで違う。

 当然だろう。

 今のレストは裸であり、プリムラもネグリジェよりも薄い湯着しか身に付けていないのだから。

 湯着も濡れていて、ほとんど直に触れているのと変わらない。


(……と、いうことはまさか下着も?)


「わ、私も洗ってあげるからね!」


「ッ……!」


 今度は慌てた様子のヴィオラが身体を押せてくる。

 プリムラよりもやや小ぶりだが、張りのある胸が密着してきた。


(お、同じ胸なのに感触が違うんだな……いや、それがわかってしまう自分がちょっと嫌だ……!)


「ふ、二人とも……本当にどうしてこんなことを……?」


「どうしてって……まだ、わからないの?」


「……わかりませんか、私達の気持ち」


「え……?」


 ヴィオラとプリムラが潤んだ瞳で問いかけてくる。


「タダの命の恩人にそこまでしないわ」


「しませんよ。特別な人以外にこんなことは」


「ねえ、レスト君。本当に私達の気持ちがわからない……?」


「…………」


 密着してくる二人の身体。伝わってくる体温。

 年頃の女性がここまで大胆にしているのに、本当に気づいていないというのか。


「まさか……」


 ようやくというか、やっとというか……レストの脳裏にカチリとパズルのピースが嵌まるような音がした。


(二人が俺のことを……嘘だろう?)


 さすがのレストも気がついた。

 ヴィオラとプリムラが自分に対して好意を抱いているのではないかと。


(どうして……二人に好かれるようなことをした覚えはないんだけど……)


 大したことはしていない。森でほんのちょっと助けただけだ。

 それなのに……それだけのこと、好きになってくれたのか。

 前世では親からも愛されなかったのに。今生では早くに母親を喪い、父親と義母、腹違いの兄から虐げられていたのに。


(そんな俺のことを好きになってくれたのか……?)


「レスト君?」


「レスト様?」


「……ありがとう」


 レストは礼を言う。

 こんな自分に好意を寄せてくれたことに感謝を告げる。

 しかし、背後の姉妹から帰ってきたのは拗ねたような声。


「御礼はちょっと違うんじゃない?」


「そうですよ、聞きたい言葉はそれじゃありませんよ」


「えっと……」


 いくら鈍いレストでもわかる。

 求められているのは感謝ではなく、愛情への返答だ。


「えっと……ごめん」


「「えっ!?」」


「あ、いや、違う違う! 拒否じゃなくてね!」


 悲しそうな声を発した姉妹にレストが慌てて取り繕う。


「二人の好意はすごく嬉しい。本当に、ムチャクチャ嬉しいよ! だけど……俺は二人の気持ちにどんな言葉を返したら良いかわからない」


 これまで、自分の境遇を変えるために必死になって頑張ってきた。

 父親や義母を見返すため、兄をギャフンと言わせるため。

 虐げられて踏みにじられてきた人生を変えるため、努力をしている真っ最中。

 恋愛事に向けるような余裕はなかった。


「だから……時間をくれないかな? ちゃんと、然るべき時が来たら返事をするよ。絶対に」


「……いいわ、待ってあげる。特別なんだから!」


「どうせ入学試験に合格しなければ話は進みませんからね」


 二人はレストに寄り添いながら、返答の先延ばしという情けない答えを受け入れてくれた。


「ありがとう……!」


 レストは心から感謝する。

 二人のことが嫌いなわけがない。

 ただ、二人の思いに応えることができる自信が欲しかった。


(俺は強くなる。強くなって、もっともっと上に昇ってみせる……! 二人のことをしっかりと守れるようになったら、その時こそ……!)


 レストは必ず想いに応えることを心に誓いながら、二人の肌から伝わってくる体温から意識を逸らす方法を考えるのであった。

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