第37話 セドリックは実技試験に絶望する

 筆記試験を満足できない結果で終えたセドリックであったが……苛立ちや怒りを解消する暇もなく、実技試験に移る。

 学科別に分かれた実技試験……セドリックは魔法科を受験しており、試験監督の指示に従ってグラウンドに移動した。


「あ……!」


 グラウンドに出たセドリックの目に、ふと二人の女性の姿が目に留まる。

 金色の髪をポニーテールにした美貌の少女、銀色の髪を背中に流した楚々とした少女。

 よく似た容姿でありながら、太陽と月のように正反対な雰囲気を持った美少女……ローズマリー侯爵家の姉妹である。


(い、一年ぶりだ……あの時よりもずっと綺麗になっている……!)


 セドリックはゴクリと唾を呑んだ。

 ヴィオラ・ローズマリーとプリムラ・ローズマリーはセドリックの記憶にあるよりも大人びた姿に成長しており、柔らかなラインを描く胸や腰つきも女性らしさが増していた。

 そもそもが可憐な美少女だったのだが、現在はそれに香り立つような色気が加わっている。

 蕾が大輪の花を咲かせたように、たった一年で明らかに女性として成長していた。


「ゴクリ……」


 セドリックがもう一度、大きく唾を呑んだ。

 美貌の姉妹に周りにいる男達も明らかに二人を気にしている。

 ローズマリー姉妹の方をチラチラと見て、声をかけるきっかけを探しているようだった。


(見てんじゃねえよ! それは俺の女だぞ!?)


 セドリックの胸中に謎の独占欲が芽生える。

 あの女達は自分のものだ。そうに違いない。そうでなくてはいけない。

 自分のような選ばれた人間にこそ、あの美貌の姉妹は相応しい。


(話しかけよう……そうだ、話題はある。一年前のアレについて謝罪するという形を取れば……!)


 セドリックが鼻の下を伸ばして、姉妹に近づこうとする。

 しかし……そこで二人がセドリックに気がついて、「キッ!」と射貫くような視線を送ってきた。


「…………!?」


 その強い眼差しに、セドリックは思わず足を止める。

 姉のヴィオラは怒りの目で、妹のプリムラは極寒の軽蔑の目で……それぞれ、セドリックを睨みつけていた。

 無駄に自尊心が大きくて自信家のセドリックといえど、こんな目を向けられると自分が拒絶されているとわかってしまう。


(お、おいおい……そりゃないだろう。俺が何をしたっていうんだよ……)


 確かに、一年前に二人を連れ出して危ない目に遭わせてしまった。

 だけど……結局、二人には怪我もなく済んだじゃないか。

 きっと、あの狼がセドリックに恐れをなして逃げ出したのだ。天才である自分が傍にいたからこそ、何事もなく助かった。

 それなのに……こんなに恨みがましい目で見られるなんて、あんまりじゃないか。


(クソッ……顔のわりに心の狭い女達だ。こうなったら、俺が誰よりも優れた特別な人間だって見せつけてやらないといけないな!)


 姉妹に声をかけることを断念したセドリックであったが、二人を掌中に収めることまでは諦めていない。

 ちょっとした事故によって嫌われてしまったようだが……自分には魔法の才能がある。

 この試験で圧倒的な実力を見せつけてやれば、二人とも確実に自分になびくはずだ。


 セドリックがメラメラとやる気の炎を燃え上がらせていると、女性の試験監督が前に進み出てきて実技試験の説明を始めた。


「それでは、順番にあの的に魔法を撃ち込んでもらう! 的には特殊なマジックアイテムが付けられていて、魔法に込められた威力を測定できるようになっている。的に向かって撃つことができる魔法は一撃のみ。ただし……的に当てないのであれば複数の魔法を使用することも許可しよう!」


「…………?」


 的に当てないのであれば複数の魔法を使っても良い。

 意味が分からない説明に首を傾げるセドリックであったが、すぐにそんな違和感は頭から出ていってしまった。


(撃つとしたら上級魔法だな。修得したばかりのとっておきの魔法を使って、ここにいる全員の度肝どぎもを抜いてやるぜ!)


 ただでさえ、筆記試験の点数が思わしくないのだ。

 実技試験では少しでも高得点を取って、カバーしなくてはいけない。


(俺の華麗な魔法を見たら、あの二人だって態度を変えるはず……!)


「それでは、受験番号順に前に出てくるように。最初はジャン・クエステ男爵子息」


「はい!」


 名前を呼ばれた受験生が順番に前に出ていき、的に向かって魔法を撃ち込んでいく。

 炎、雷、氷、風……様々な魔法が叩きこまれて、的の上に数字が表示される。


(フン……平均で80点というところか。ゴミ共め)


 さすがは貴族と呼ぶべきだろう。

 点数はそれなりに高かったが、いずれも下級魔法か中級魔法ばかり。

 上級魔法を放つことができる受験生はいなかった。


「【火砲ファイアボルト】!」


「【氷砲アイスボルト】!」


 ローズマリー姉妹の順番も回ってきたが……姉のヴィオラが『137』、妹のプリムラが『129』。いずれも百点越えの点数を叩き出した。


(フンッ! 俺の妻になるのだから、それくらいやってもらわないと困るな! まあ、中級魔法止まりなのは残念だが……だからこそ、俺の魔法が際立つというものだ!)


 ローズマリー姉妹の点数は現時点において、最高得点だった。


 余談ではあるが……この場にいる受験生の中で侯爵よりも上の家の人間はいない。

 王族または公爵家の人間は警備上の問題から個別に試験を受けており、試験会場には来ていないのである。


(噂の天才であるローデル第三王子、その婚約者で国一番の才女として知られるクロッカス公爵令嬢がいたら話も違ってきただろうが……この試験では、ヴィオラとプリムラよりも上の点数は出ないだろうな)


 もちろん、それは自分を除いての話である。

 セドリックは心の内でほくそ笑んだ。


「次は……セドリック・エベルン名誉子爵子息」


「はい」


 名前を呼ばれて、セドリックはさっそうとした足取りで前に出る。

 他の受験生の視線を浴びながら……グラウンドに引かれたラインの手前に立ち、十メートル先の的を見据える。


(取るに足らない凡夫どもよ、刮目しろ! 俺様の圧倒的な才能を目にして絶望しやがれ!)


「【雷嵐サンダーストーム】!」


 発動したのは修得して間もない上級魔法。

 的を中心として雷雲が発生して、雷の雨を広範囲に降りそそがせる。


「上級魔法だって!?」


「すごい……!」


「嘘でしょう? あんな魔法を使えるなんて……!」


「さすがはセドリック・エベルン。宮廷魔術師の息子で天才と呼ばれるだけはある」


(どうだ、すごいだろう!? これが天才と呼ばれる男の実力だ!)


 後ろで見ていた他の受験生から驚きと称賛の声が上がる。

 セドリックはどうだとばかりに鼻を高くして、ローズマリー姉妹の方を見た。


「「…………」」


(…………え?)


 ローズマリー姉妹は確かにセドリックを見ていた。

 冷めたような目で。侮蔑と嘲りの笑みを浮かべて。

 予想とは違う反応である。そんな目で見られる意味が分からない。


「セドリック・エベルン、86点」


「…………へ?」


 直後、試験監督の言葉にセドリックは驚かされる。

 慌てて振り返ると、的の上に浮かんだ数字は『86』。これまでの受験生の平均よりもやや上という程度の点数だった。


「よし、下がっていいぞ」


「う、嘘だ!」


「ム……?」


「俺の点数がこんなに少ないわけがない! デタラメに決まってる!」


 セドリックが声を荒げて、試験監督の女性に詰め寄った。

 上級魔法を撃ったのだ。それなのに、中級魔法を使ったローズマリー姉妹よりも低い得点なんてあり得ない。


「これは何かの間違いだ! やり直しを要求する!」


「……的に魔法を撃てるのは一発だけだ。やり直しは認めない」


「そんな……クソ! 的の故障……いや、これは陰謀だ! 誰かが俺の才能を妬んで陥れようとしているんだ!」


 セドリックは怒りに周りが見えなくなったのか、試験監督の胸ぐらに掴みかかろうとする。

 しかし、すぐさま試験監督が魔法を発動させてセドリックを拘束した。


「【土縛アースバインド】!」


「うわっ!?」


 地面から飛び出してきた黒い土のロープに縛られて、セドリックがイモムシのように這いつくばる。


「……試験監督に対する暴力行為により減点だ。セドリック・エベルン」


「ク、ソ……チクショウがあ……!」


「結果に納得いっていないようだが……あの魔法であれば当然だろう」


 縛られたセドリックを見下ろして、試験監督が呆れた様子で溜息を吐く。


「魔法への理解が薄いようだが……【雷嵐】は広範囲を同時に攻撃する魔法。単体に対する威力はそれほど高くはない。一度に多くの敵を攻撃するための魔法では『的撃ち』の試験には不向きだ」


「そん、な……」


「その年で上級魔法を修得できたのは見事だが……点数は点数として記録させてもらう。悪く思わないでもらおう」


「…………」


 セドリックは絶望した。

 ただでさえ、筆記試験の出来前がイマイチなのだ。

 実技試験で十分な点数が取れず、暴力行為で減点までされてしまえば、不合格圏内に入ってしまう


(う、嘘だろ……この俺が、まさか不合格……父上と母上に何て報告したらいいのだ……?)


「うっわ、やらかしたよ」


「恥ずかしいですこと。アレでも貴族なのかしら?」


「天才だと称賛されていても、しょせんはこの程度だな」


「にわか貴族が調子に乗るからこうなるのだ。何という醜態だ」


「…………」


 周りの受験生が自分を馬鹿にする声が聞こえてくる。


 そこから先の記憶はない。

 実技試験が終わって、個別に何かやらされたような気もするが……絶望に沈んだセドリックの意識には残らず、失意のままエベルン名誉子爵家の屋敷に帰宅することになるのであった。

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