第38話 試験当日ですがアクシデントです


「よし、行こうかな」


 そして……いよいよ入学試験当日となった。

 王立学園に入学できるかどうかで、今後の人生設計が大きく左右される。

 大袈裟ではなく……今日、レストの人生が勝ち組になるか決まると言っても過言ではない。


「レスト、頑張ってね! 信じてるわよ!」


「レスト様だったら絶対に合格できます! 頑張ってください!」


 ヴィオラとプリムラが玄関まで出てきて、激励の言葉で送り出してくれた。

 言葉だけじゃなくてハグまでしてくれる。

 周囲にいる使用人達の生温かい視線が居心地悪い。


「ありがとう……二人のためにも、絶対に合格してくるよ!」


 二人はレストをエベルン名誉子爵家から連れ出してくれた。

 教材を与えてくれて、勉強を教えてくれて、魔法や戦闘技術を教える師を与えてくれた。

 最高の環境で学ぶ機会を与えてくれた二人の期待に応えるためにも、絶対に合格しなくてはいけない。


「……まあ、頑張りたまえ」


「あまり緊張せずにいってらっしゃい」


 ローズマリー侯爵夫妻も一緒に見送ってくれた。

 アルバートは何とも言えない微妙な表情で、アイリーシュは柔らかくも力強い笑顔で。

 アルバートは馬車を出してくれると言っていたが……レストはあえて徒歩で行くことを選択した。

 現時点において、レストはあくまでも侯爵家の使用人でしかない。

 送迎の馬車を出してもらうだなんて、そこまで世話になれる立場ではなかった。


(今さらではあるけれど、与えられるがままに甘えるのは違うよな。正直、馬車よりも走った方が速いし)


「よし……出発!」


 何度も持ち物を確認した鞄を背負う。

 試験に十分間に合う時刻に屋敷を出て、駆け足で王立学園に向かっていく。

 王都の貴族街にある侯爵家の屋敷から学園までは徒歩で一時間ほど。

【身体強化】の魔法を使用して走っていけば、十分とかからずに到着できるだろう。


「フッ……フッ……フッ……」


 一定のリズムで呼吸しながら手足を動かし、周囲の景色を風に変えながら目指す学園に向けて走っていく。

 途中で道に迷うような愚は犯さない。

 事前に学園の場所は下見しており、道順もぬかりなく頭に入っている。

 早朝に屋敷を出てきたため、王都の大通りにはまだ人が少なかった。

 ややスピードを落として衝突しないように注意しつつ、まっすぐに進んでいく。


(試験勉強は十分にした。去年の過去問も余裕で合格点を取れた。ディーブル先生と魔法の訓練を積んでいて、『今すぐに宮廷魔術師になれる』とまで太鼓判を押してもらった。神殿に合格祈願して神頼みだってした。昨日は早めに休んで睡眠も十分……大丈夫、何も問題はない)


 問題ない。

 落ちるわけがない。

 絶対に合格できる……その確信があった。


(不思議だな……いくら勉強しても不安が消えない。そういえば、高校の入試もそうだったな……)


 前世のことを思い出して、レストは走りながら苦笑いをする。

 家庭環境に恵まれていなかったレストは特待生制度があり、奨学金が出る学校に入学するため、必死になって勉強をした。

 それはもう……死に物狂いで、中学生でありながら頑張り過ぎて血尿が出るくらいに、とにかく努力をしまくった。

 そうやって命がけで努力をしても、試験当時には不安がぬぐえなかった。今、この瞬間がそうであるように。


(頑張ったから、努力をしたから……だからこそ、結果を出せるかどうか心配になるんだ)


 不安になるのは仕方がない。

 だからこそ……結果は必ず出してみせる。

 高校受験の時だって上手くいったのだ……今回だって、絶対に合格できるだろう。


「努力は人を裏切らない……やれる、俺ならできる……!」


 そんなふうに自分に言い聞かせるレストであったが……彼は一つ、大事なことを忘れていた。

 努力は人を裏切らない……それは間違いなく事実。真理である。

 しかし、神は悪戯好きで、人に試練を与えるのが大好きなのだ。

 前世で苦労して高校に入学したレストが、学費のことで父親と揉めて刺殺されたように。

 子供のためにひたむきに働いていたレストの母親が、病によって命を落としてしまったように。

 人の人生には、時に努力ではどうにもならない理不尽が起こるのだ。


「…………ん?」


 王都大通りを疾走するレストであったが……ふと感じるものがあって上方を見上げた。

 理由はわからない。直感的なものである。


「あ……?」


「キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 そして……思わず、目を見開いた。

 同時に、若い女性の悲鳴が朝の王都に響き渡る。


「ハアッ!? どうして人が……!?」


 空から人が落ちていた。遠目であるが若い女性に見える。

 レストが通っていたその場所は、ちょうど王都のシンボルである時計塔の下だった。

 経緯は知らないが……その女性は時計塔から落ちてしまったようである。


「ヒャアアアアアアッ! だ、誰か助けてええええええええええええええっ!」


「ッ……!」


 重力によって勢いを増しながら、その女性は地面に向けて真っ逆さまに落ちてくる。

 その段階になって王都の住民達がようやく彼女の存在に気がつくが……ギョッとした顔をするばかりで、救助に入れるような人間はいなかった。

 ただ一人、先んじて落下に気がついていたレストを除いて。


(クソ……何で今日に限ってこんな……!)


 好事魔多し。

 調子が良いときほど、気を引き締めなくてはいけない。

 レストは先人の教訓が正しいものであったと思い知りつつ、女性の落下点に滑り込むのであった。

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