第39話 美少女は空から降ってくる
「ヒャアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ッ……!」
時計塔から落下する女性の落下地点に滑り込んだレストであったが、彼女の勢いは強い。
仮に【身体強化】をして受け止めたとしても、衝撃を殺すことができず、二人とも骨折では済まないようなダメージを受けてしまう。
(だったら……
魔法の四重発動。
複数の魔法を同時発動させることで、女性の落下の勢いを軽減させる。
(まずは【風操】……そして【
落下してくる女性に向けて下から風を放ち、勢いを軽減させる。
並行して、物を浮き上がらせる魔法もかけた。
そこまで強くかけることはしない。あまり魔法の出力を強くすれば、衝撃で彼女の身体を破壊してしまう。
(あくまでも勢いを緩めるだけ……そして、【水球】、【
水属性の下級魔法である【水球】、それに魔法の威力を増大させる【増幅】の魔法をかける。
水の球体が人間の身体を包み込めるほどのサイズの大水になり、自分の身体を中心として展開させた。
「ワップ……!?」
(よし……これなら……!)
二つの魔法によって勢いを緩めた女性の身体が水に飛び込んでくる。
水がクッションになってさらに衝撃を消し去った。
水の中で待ち構えていたレストがほぼ勢いを失った彼女の身体をキャッチする。
「ブクブクブクッ……!?」
(上手くいったな。彼女も怪我はなさそうだ)
ほとんど衝撃を感じることなく受け止めることに成功。すぐさま【水球】を解除して水を流した。
「プハアッ!」
「ハア、ハア……い、いったい何が……!?」
水から脱出した女性がレストの腕の中、困惑の声を上げる。
間近でよく見たところ、それは同年代と思われる年齢の女性だった。
赤髪のショートカット、ズボンとシャツという格好で、濡れそぼった衣類がメリハリのある身体のラインを浮き上がらせる。
白いシャツが透けて下着が見えそうになるが……すぐさま、レストは【
「ヒャッ!」
「これで良し……大丈夫ですか、お嬢さん?」
「はえ……え? あ、貴方は……?」
「失礼かと思いますが、身体に触れさせていただきました。緊急時につき、どうかご容赦ください」
女性の身体を地面に下ろして、軽く頭を下げる。
どんな理由にしても女性をビショビショに濡らして、身体を密着させたのだ。
紳士として礼儀正しく謝罪しておく。
「あ……そうだ、私は時計塔から落ちて……」
「それでは、自分はこれで失礼します」
この赤髪の女性がどうして時計塔から落ちてきたのかは気になるが……正直、関わり合いになりたくはなかった。
入学試験もあることだし、名乗ることもなくさっさと立ち去ることにする。
「あ、ちょ……!」
女性が声をかけてくるが……レストは無視して、【身体強化】を発動。そのまま走っていく。
「待ってくれ! 私のことを助けてくれたのだろう!?」
「なっ……!」
「ありがとう! 助かったよ!」
女性が走るレストの横に並んで、礼を言ってきた。
レストは【身体強化】を使っているはずなのだが……女性は同じ速度で隣を走っている。
(全力ではないとはいえ、俺の速さに並ぶなんて……いや、それよりも……!)
それよりも、恐ろしいのは女性が魔法を使用していないことである。
彼女からは魔法の気配が感じられない。
つまり、素の身体能力だけでレストと同じ速度を出しているのだ。
(純粋な脚力だけで追いついた……化物か!?)
「私の名前はユーリ・カトレイアだ。君の名前を教えてくれないかな?」
「……レストです。姓はありません。ただのレスト」
「そうか、レスト君か。よろしく頼むよ」
赤髪ショートカットの女性……ユーリが並走しながら、にこやかに笑いかけてきた。
街中ということで抑えているが、原付程度の速度は出ている。
息を切らすことなくジョギングするような気軽さで並んでくるユーリに、レストは軽く恐怖を感じた。
「いやー、実は先ほど王都にたどり着いたばかりでね? 道に迷ってしまったんだ。それで時計塔に昇って周りを見回していたんだけど……足を滑らせてしまったようだ。君は命の恩人だな。この借りは必ず返そう」
「そ、そうですか……」
御礼は良いから、付きまとわないでもらいたい。
付いてくるユーリに顔を引きつらせながら、レストはふと気がついた。
先ほど、ユーリが名乗った家名……カトレイアという言葉に聞き覚えがあったのだ。
「カトレイア……もしかして、カトレイア侯爵家の関係者ですか?」
カトレイア侯爵。
それは国王陛下に仕える近衛騎士団の団長のことである。
ローズマリー侯爵が宮廷魔術師の長であり、国内の魔法使いのトップに立っているのに対して、カトレイア侯爵は騎士のトップ。
宮廷において『王の双翼』などと称される人物の片割れだった。
「あ、いや……父は、いや、その……」
「……どうして、狼狽えているんですか?」
「い、いやいやいやっ! 狼狽えてなどいないぞ! 私は家出などしていないからなっ!」
「…………」
どうやら、家出をしているらしい。
言い訳をしながら、目が泳ぎまくっている。
(……身分を隠したいのなら家名を口に出すなよとツッコみたいけど、それを指摘したら負けなのか?)
「そうですか……家出娘で迷子なんですね……」
「うん……じゃなくて、迷子ではあるが家出はしていないぞっ!」
「はいはい、そうですか……ところで、自分はこれから行くところがあるので、これくらいで失礼して良いでしょうか?」
どんな理由かは知らないが、騎士団長の娘で侯爵令嬢な女性と一緒に行動するなど、面倒なことは御免だった。
これから大事な試験があるのだ。これ以上、余計なトラブルに巻き込まないでもらいたい。
「ああ……それはすまないな。ところで、君はどこに行くつもりなのかな?」
「……王立学園ですよ。これから、入学試験があるんです」
「王立学園?」
ユーリがパチクリと瞬きをする。
そんなやり取りをしているうちに、王立学園の校門前に到着した。
王家によって設立された学園はレンガの塀で覆われており、校門前には鎧姿の騎士が立っている。
校門の向こうには白亜の荘厳な建物が立っており、同じく受験生と思われる若者達が校舎の中に入っていく。
「おお、また助けられてしまったね!」
隣のユーリが声を上げる。
「実は私もこの学園の入学試験を受けようと思っていたんだ! 君のおかげでまた助けられたよ。本当にありがとう!」
「……………………そうですか」
長い沈黙の後、レストが何とも言えない複雑な表情で頷いた。
(騎士団長の娘でカトレイア侯爵家の令嬢が平民枠で試験を受けるだって……?)
どう考えても、厄介事の臭いがする。
まるで心優しい大型犬のように人懐っこい笑顔を浮かべているユーリに、レストは薄ら寒いものを感じるのであった。
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