第136話 ついでのオマケでざまあされる

「チッ……ここまでだな。ずらかるか」


 戦いは大勢を決した。

 反乱軍の大部分が敗走、残っていた者達は降伏か討ち死に。

 敗北が決定したのを見て、一人の男がそそくさと戦場から離れていく。

 その男は髭面で安っぽい皮の鎧に身を包んでいる。いかにも粗野な顔立ちは兵士というよりも山賊に見えた。


 しかし……ごく一部の人間しか知らないことだが、その男はアイウッド王国の同盟国であるガイゼル帝国の兵士長だった。

 忠実なる『犬』であったその男は傭兵に身を扮してアイウッド王国に侵入して、反乱軍の一員として戦っていた。

 同じようにガイゼル帝国から流れてきた兵士はいるが……彼らはいずれも流れの傭兵であり、あくまでも金で雇われただけ。

 直接、帝国のやんごとなき方から指示を受けているのは、その男だけだった。


(少しでも王国の戦力を削るようにと言われていたが……こりゃあ、もう無理だろう)


 そもそも、最初の一撃で勝敗は決まっていた。

 王国軍から撃ち込まれた未知の攻撃により、反乱軍の兵士の一割が戦闘不能。

 圧倒的な魔法攻撃を目の当たりにして、残った兵士の半数が戦意喪失。降伏か逃走した。

 男は帝国への忠誠心から、ギリギリまで粘って敵将の一人でも討ち取ろうと思っていたのだが……残念ながら、名のある将と出会うことはできなかった。

 雑兵を何人か殺害しただけで、逃走することになりそうである。


(ローデルとかいう馬鹿王子が最後に根性を見せたようだが……結局、やられたらしいな。ざまあないぜ)


 男が鼻で笑った。

 傀儡としても兵士としても何も成し遂げられず、倒れてしまった。

 このまま歴史の闇に葬られるか、あるいは反逆者として処刑されるか……どちらにしても、『うつけ』というのはあの男のためにある言葉だろう。


(……まあ、おかげで一つ貴重な情報を得られたけどな)


 男は遠くから、ローデルの最後の戦いを監視していた。

 つまり……ローデルを倒した男、レストのことだって目にしている。


(あの男は光の魔法を使っていた……あくまでも可能性であるが、最初の一撃をブチ込んできた奴と同じかもしれない。王国軍の兵士は『クローバー子爵』とか呼んでいやがったな……この情報は何としてでも持ち帰らねえと)


 光の魔法は使える人間が少ない。

 明かりで周囲を照らすくらいなら誰だってできるが、攻撃魔法として昇華した人間は少数。

 火や雷を使った方が、はるかに消費魔力に対する攻撃力の効率が良いからだ。


(あれほどの一撃を放ってから、魔力切れを起こすことなく馬鹿王子と戦えるのかという疑問はあるが……あのガキは確実に帝国にとっての悪魔になる。場合によっては、暗殺も考慮しねえとな)


 男の主君は帝国において、『主戦派』とも呼べる派閥のリーダーだった。

 北方の蛮族はもちろん、西のアイウッド王国もまたいずれは攻め滅ぼそうと考えている。

 アイウッド王国と戦う上で、レストは確実に障害になると判断した。


(クローバー子爵……アイツの情報を持ち帰るだけでも十分な戦果だ。こりゃあ、何としてでも帝国まで生還して……)


「とうっ!」


「ぬおおっ!?」


 考え事をしながら戦場を離れようとする男であったが……突如として、何者かが飛び蹴りをしてきた。

 咄嗟に伏せた男の頭の上を何者かが通り過ぎていき……背後の地面に足が突き刺さって爆ぜる。

 姿勢を低くしなければ、頭蓋骨が粉々になる勢いで蹴られていたことだろう。


「な、何だあ!?」


「おお、躱されてしまったな」


 のんきな口調で不意打ちをしてきた何者か……動きやすそうな軽鎧を身に着けた女性が言う。

 帝国の兵士長である男を蹴り殺そうとしたのは……ユーリ・カトレイア。騎士団長の娘にしてレストの友人でもある少女だった。


「私のキックを回避するとは只物ではないな! 傭兵のような格好だが、名のある将と見たぞ!」


 ユーリが男にビシリと指を突きつける。


「これから、お前には私の手柄となってもらう! 大人しく、討たれるが良い!」


「え、ええ……」


 男の直感が告げている。面倒そうな奴に出会ってしまったと。

 女は丸腰で武器らしい武器を身に着けていないが……それが逆に不気味である。


(時間もないし、まともに相手をしていられんぞ……)


「え、えっと……誤解じゃないですかね? あっしはしがない傭兵ですぜ」


 男が猫背になって、卑屈な表情で命乞いをしてみせる。


「こ、故郷でカカアとガキが腹を空かせて待ってるんでさあ。お願いだあ。どうか、見逃してけろ……」


「ム……そうなのか。ただの雑兵なのか?」


「そ、そうですわあ。あっしは決まった雇い主にも巡りあえねえ、どこにでもいる傭兵でさあ……」


「そうか……それは悪かったな。行って良いぞ」


「そ、それじゃあ、失礼しやす……」


(……馬鹿なのか、この女は。チョロ過ぎるだろ)


 上手くいきすぎて、恐くなってくる。

 せっかく許可を与えられたので、男はユーリの横をすり抜けて逃げ帰ろうとする。


(どこの誰か知らねえが……こんなに騙されやすいんじゃあ、男に弄ばれて身体だけ喰われるタイプだな。頭は残念だけど、面と身体はなかなか…………!?)


 ユーリの身体をチラ見する男であったが……ふと、彼女が首から下げているネックレスを目にして、大きく目を見開いた。

 軽鎧のサイズが合わなかったのか、やけに開いた胸元からこぼれ出たネックレス。

 銀のチェーンに結ばれた飾りは、とある家のエンブレムだったのだ。


「カトレイア侯爵家……!」


 それを見た瞬間、考えるよりも先に身体が動いた。

 男が剣を抜き、不意打ちでユーリの身体を斬りつけようとして……


「お?」


 次の瞬間、不思議そうな声と同時に身体がずれる。

 振り下ろそうとした剣もろとも、男の上半身が地面に倒れた。

 しかし……不思議なことに、倒れているはずの自分の『足』が目の前に立っている。


「あ、足……?」


 薄れゆく意識の中で、男がつぶやいた。

 そして……最後の一瞬で気がつく。自分の上半身と下半身がいつの間にか分離しており、腰から上を無くした脚だけが立っているのだと。

 上下に分かたれた男が絶命する。自らが帝国の兵士長であると名乗らぬまま。


「ああ、ビックリした。ついつい蹴り飛ばしてしまった」


 上半身だけとなった男を見下ろして、ユーリが困ったようにつぶやいた。


「私は学園で『剣術』の授業を習っているんだが……一ヵ月間、剣を学んでいて気がついたことがあるんだ」


「ク……ハ……」


「剣で斬るよりも、足で蹴った方が強い」


 ユーリが得意げに大きな胸を張り、男の顔を覗き込んで……「あ、死んでる」とパチクリと瞬きをした。


「手柄を立てるとレストと約束したのに……もう、ほとんど逃げてしまったじゃないか。運良く、どこかに将がうろついていないかな?」


 ユーリが困った様子で唇を尖らせて、雌豹のように軽やかな足取りで戦場を駆けていくのであった。

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