第193話 迫りくる大蛇

 暗闇の中、巨大な蛇が迫ってくる。

 ズリズリと地面を這って接近してくる大蛇の赤い瞳には、レストの顔がハッキリと映し出されていた。


『シュー、シュー……』


 独特の呼吸音。チロチロと覗く長い舌。

 狙われている。完全にフォーカスされている。

 激しい危機感に襲われるが……完全に動き出すのが遅かった。


『ウッ……!』


 逃げる暇もなく絡みついてくる大蛇。

 しなやかな肢体によって手足が、胴体が締め付けられて、身動き一つ取れなくなってしまう。

 まるでレスリングや柔道のプロフェッショナルを相手にしているかのようだ。


『グ、ア……苦しい……!』


 顔面にも大蛇のブヨブヨとした身体が押しつけられて、呼吸することすらままならない。

 思いのほかに滑らかな感触は鱗だろうか?

 蛇は冷血な動物であると聞いたことがあるが、意外と高い体温が伝わってくる。


「あ……ぐ……」


 脳の酸素が欠乏しているせいか、苦しさの中に恍惚感すら生じてきた。

 命の危機と紙一重の官能。

 全身を絞めつけられるという行為によって快感が生じて、代償に思考する能力が失われていく。


「アッ……」


 暗闇の中に光が弾ける。

 白い光は天からのお迎えだろうか……レストは虚ろな意識のまま、降りそそぐ光に呑み込まれていった。



     〇     〇     〇



「おおう……?」


 目を覚ますと、レストは宿屋のベッドの中にいた。

 視線の先には見慣れない天井。窓から光が差し込んでおり、いつの間にか朝になっていることに気がつく。


「ここは、いったい……?」


 レストが苦しそうに呻いた。

 自分が置かれている状況を理解するのに時間がかかってしまう。

 どうして、こんな所にいるのだ。あの大蛇は何だったというのだ。

 タップリ一分もの時間を以上もかけて……レストは自分がローズマリー侯爵家の屋敷でもなく、開拓団の本拠地でもなく、平原東側にある宿屋に宿泊していることを思い出す。

 ラベンダー辺境伯家のウルラの依頼により、ワームという魔物の討伐のためにここにやってきていたのだ。


「そうだ……俺は……」


「スー、スー……」


「ウグッ……!」


 そして……自分が置かれているかつてない危機についても。

 レストはベッドに眠っているが、一人ではなかったのだ。

 一人用のベッドにはレスト以外にもう一人、眠っている人間がいる。


「ゆ、ユーリ……!」


「ムニャムニャ……」


 それはユーリ・カトレイア。

 レストにとってクラスメイトの友人であり、一緒に開拓に参加しているパーティーメンバーでもあった。

 ユーリが同じ部屋にいることについては不思議はない。

 何故なら、同じ部屋に泊まったからだ。

 しかし……この部屋はツインルームだ。ユーリは隣の別のベッドに眠っているはずであり、同衾までは許していなかったはずなのに。


「おい、起きろ……コラ!」


「スヤスヤ……」


「グオオオオオオ……!」


 ユーリはレストに抱き着いて、眠っていた。

 強靭な手足がレストの全身を圧迫して、起き上がることすらできない。

 夢で見た大蛇の正体はユーリだったらしい。

 おまけに、ユーリは服をはだけてほぼ下着姿。その下着も脱ぎかけており、たわわに実った生乳がレストの顔面に押しつけられていた。

 男としては何とも素敵なシチュエーションであったが……同時に感じる命の危機。

 ユーリの怪力によって絞めつけられている状況は、アナコンダに巻きつかれているのと大差なかった。


「ウグググ……起き……ううううっ!」


「ムニャムニャ……」


 大声を出したいのに、肺が圧迫されているせいか声を出すのにも一苦労。

 それでいて、対照的にユーリは幸福そうな顔で寝こけている。


(いや……これって、本気でヤバくないか……?)


 婚約者でもない女性と一つベッドの下という状況もヤバいし、身体的物理的にもヤバい。

 いったい、どんな因果で自分はこんな目に遭っているというのだろうか?


「ムニャムニャ……もう食べられない……」


「べ、ベタな寝言を……オオオオオオッ……!」


 結局、レストが寝床から出ることができたのはそれから三十分後のことである。

 身体強化の魔法を駆使しても圧力に耐えるだけが精一杯で、自力でベッドから這い出ることはできなかった。


 ユーリが覚醒するまでの間、レストは彼女のぬくもりと柔らかさと逞しさを存分に味わうことになるのであった。






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