第192話 逆襲の父上

 久しぶりに会った母親に辟易させられるヴィオラとプリムラであったが……話はまだ、終わってはいなかった。


「ああ……そうそう。もう一つ伝えることがあったわ」


「……何ですか?」


 食傷気味になりながら、ヴィオラが訊ねる。

 どうして、血を分けた母親との会話だというのに、ここまで疲労しなくてはいけないのだろうか。


「ローズマリー侯爵家に書状が届いたわ。王家からの物とクロッカス公爵家から物、そして……カトレイア侯爵家からね」


「「…………!」」


 アイリーシュの言葉にヴィオラとプリムラが顔を見合わせた。

 母親の話の続きに心当たりがあったのだ。


「それはもしかして……」


「婚約の打診ですか? セレスティーヌ様との」


「ええ、そうよ。その通りね」


 姉妹の問いに、セレスティーヌが何でもないことのように肯定した。


 王家からの書状、クロッカス公爵家からの書状は……公爵家の掌中の珠であるセレスティーヌをレストと婚姻させたいというものである。

 セレスティーヌは王家の血を継いでおり、王家に若く未婚の女性がいない現状下では、事実上の王女のように扱われていた。

 王太后の都合により、長らく第三王子ローデルと婚約をしていたが……馬鹿王子が反逆に加担したことにより、その婚約は無効になっている。

 つまり……現在、セレスティーヌには婚約者がいない状況となっているのだ。


「セレスティーヌ嬢の新しい婚約者候補として、真っ先に上がったのはアンドリュー殿下なのだけど……本人が断ってきたそうよ。自分がクロッカス公爵家と繋がってしまったら、リチャード王太子殿下の地位を脅かしてしまうからって。アンドリュー殿下はなかなかにわきまえている御仁のようね」


 アイリーシュが感心したように言う。

 婚約を断った本当の動機を知っている者は少なく、表向き、アンドリューの忠誠心が理由となっていた。


「年齢が合う他の男性にはすでに婚約者がいる。いっそ、他国に嫁がせればという話もあるのだけど……それはセレスティーヌ嬢には酷な話よね」


「……隣国は情勢不安。帝国にセレスティーヌ様を送ってしまうのはあまりにも危険ですよね」


 帝国は友好国であったが、最近になって外征に積極的になっている。

 あえて人質としてセレスティーヌを送るというのは有効な手であるが、セレスティーヌにはあまりにも酷である。

 ずっとローデルという不良債権の処理を任されていたというのに、挙句に生きて帰れるかわからない隣国に嫁げなどとは人権を無視した扱いだ。

 ローデルの件でセレスティーヌには申し訳なさしかない王家には、そんな処遇を押しつけることはできなかった。


「それでレスト様にお話が回ってきたんですよね……先日、セレスティーヌ様から聞きました」


 プリムラが同情したような溜息をもらす。


 先日、セレスティーヌが開拓村に訪れた際……ヴィオラとプリムラに対して、事前に話をしてきたのだ。


『申し訳ありません。お二人がレストさんの婚約者であるというのに、後から割り込むようなことになってしまって……』


 セレスティーヌは王家が自分をレストに嫁がせようとしていることを話して、謝罪してきた。

 そんなセレスティーヌにヴィオラとプリムラは哀れみこそすれ、怒ったり責めたりはしなかった。

 セレスティーヌが辛い立場であるのは明白だ。

 あえて、友人である彼女を責める理由などあるわけがない。


(そもそも……お母様が愛人を大量に用意してレストを種馬にしようとしているのだから、今さらよね)


(レスト様を王家がつなぎ止めたいと思っているのは明白です。セレスティーヌ様で良かったとすら思います……)


 ヴィオラとプリムラはそろって溜息を吐いた。


「クロッカス公爵家からは『娘をくれぐれも頼む』という書状ね。彼らがローデル殿下の件で王家から受け取った慰謝料の大部分を結納金として納めるそうよ」


「それはそれは……大盤振る舞いね」


「レスト様の財産がまた増えるのですね……」


 母親の言葉に苦々しく笑う二人であったが……ふと、思い出した。

 書状は王家とクロッカス公爵家からだけではない。カトレイア侯爵家からも来ていた。


「そういえば……ユーリの御父上は何て言ってきているのかしら?」


「ああ。その書状は婿殿宛てだったのだが、緊急性があっては困るので勝手に開けさせてもらった。何でも……『我が娘を返してくれ』『娘に手を出したら八つ裂きにする』『嫁入り前の娘と一つ屋根の下とは何事だ』『すぐに迎えに行くから待っていろ』……などといった内容だな」


「「…………」」


「アルバートも王宮で暇さえあればやってくる騎士団長に辟易していたな。我が婿ながら頼りになるではないか。カトレイア侯爵の娘は魔力は少ないが剛力無双だそうだな? 婿殿の子を孕んだら、どんな子供が生まれるか楽しみだ」


 そういう問題ではないのだが……アイリーシュは騎士団長の要求に応じるつもりはなさそうだった。

 その点に関しては、ローズマリー姉妹も同じである。


「レストは……ユーリと一緒に遠征中よね」


「騎士団長様が知ったら、どんな反応をするのでしょう?」


 忙しい騎士団長が開拓村まで来られるとは思えないが、遭遇したら面倒事になりそうである。

 ローズマリー姉妹は愛しい婚約者を思って、深く同情するのであった。






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