第191話  襲来の母上

 レストとユーリが平原の東側に移動した一方。

 西側の開拓村では、残されたヴィオラとプリムラがとある人物と会っていた。


「久しぶりね、私の愛しい娘達」


「……お、お久しぶりです。お元気そうで何より」


「……いつ、こちらに来られたのですか。お母様?」


 ローズマリー姉妹が生活しているコテージにやってきたのは、姉妹の母親であるアイリーシュ・ローズマリーだった。

 二人の娘の母親とは思えないほど若々しい顔立ちのアイリーシュは、数ヵ月ぶりに顔を合わせた娘を前にして、椅子で足を組んで微笑んだ。


「元気そうな顔を見て安心したわ。ところで……婿殿はどこに行ったのかしら?」


 婿殿というのは、もちろんレストのことだ。

 母親の問いに、ヴィオラが答える。


「レストだったら、平原の東側に行っているわ。ラベンダー辺境伯家の娘さんに依頼されて、魔物を退治しにね」


「そう……婿殿はラベンダー辺境伯家とも懇意にしているのねえ。さすがは我が家の婿というべきところかしら?」


 アイリーシュが誇らしそうに微笑んだ。

 強者を好む脳筋気質なアイリーシュは、レストという強力な魔法使いの婿をとても買っていた。

 それはレストにベタ惚れのヴィオラとプリムラとしては嬉しいことなのだが、同時に不安にも駆られてしまう。


「それで……お母様、今日は何の用で来られたのでしょう?」


「お母様が直々に来られるだなんて……何かあったんですか?」


「ああ、そうだったわ。忘れるところだった」


 アイリーシュが紙の束をテーブルの上に投げ出した。


「これは……?」


「婿殿の愛人候補が決まったからリストを持ってきたのよ。とりあえず……二十人ほど見繕っておいたわ」


「「あ、愛人っ!?」」


 ヴィオラとプリムラが同時に叫んだ。

 我が娘に対して、何という話をするんだろう。


「言葉の意味くらいわかっているでしょう? 妾のことよ」


 アイリーシュが当然のように言ってから、紙束をペラペラとめくった。

 そこにはローズマリー侯爵家の分家、寄子の貴族家の娘の名前や経歴が事細かに書かれている。

 上は三十代の未亡人。下は十歳を超えたばかりの幼女までいた。


「さっそく、婿殿にも見せてやろうと思ったのだけど……留守にしているとは残念ねえ。まあ、愛人の管理は妻の仕事でもあるから、貴女達もしっかりと読んでおきなさい」


「「…………」」


 あまりにもあっけらかんとして放たれた言葉に、ヴィオラとプリムラは言葉を失った

 自分の娘婿に愛人を勧める母親がどこにいるだろう……ここにいた。

 アイリーシュという女がそういうことをまるで気にしない人間であると、娘二人は良く知っている。


「言っておくけれど……貴女達にも婿殿にも拒否権はないわ。彼が伯爵家の当主として、広大な領地を与えられたのならばなおさらにね」


 アイリーシュが説明をする。

 レストはサブノック平原北部に広大な領地を与えられた。領地の広さだけならば、ローズマリー侯爵家すら凌ぐほどの。

 これだけの土地を伯爵家の当主が持っているのは、よろしくない。

 特定の貴族に力が集中するのは、王家としては喜ばしいことではないのだ。


(だから、愛人を与える。愛人が産んだ子供達に領地を分配するということね……集中した領地、集中した力を分散させることで王家に叛意がないとアピールするために)


(何代かかけて、王家や中央貴族とも血を混ぜていき……最終的にはローズマリー侯爵家とは別の貴族家として王家に仕えさせる。そういうことでしょう)


 ヴィオラとプリムラも貴族家の嫡女である。

 その考え方はわかるし、不承不承であっても受け入れる覚悟はあった。

 領地のことが無くとも……強力な魔法使いは国力そのもの。

 レストの子供を増やすことは、情勢が怪しくなりつつある東の帝国、長年の敵対者である北方異民族に対抗するうえで必要なことである。

 それでも……感情としては、よくも娘にそんな話ができたものだと呆れてしまう。


「改めて……お父様はどうして、お母様と結婚したのかしら」


「ヴィオラ、急に何の話をするのかしら?」


「いや……お父様にも愛人を勧めたのかなと思って。優秀な魔法使いは子供をたくさん残すべきというのが、お母様の持論なのでしょう?」


 姉妹の父親……アルバート・ローズマリーは宮廷魔術師の長官。

 一つ上の世代では、誰よりも優秀な魔法使いであるといわれていた。

 母親の持論を持ち出すのであれば、アルバートもまた愛人がいなければおかしい。


「ああ……それなのだけどな、アルバートは子供ができない身体なのよ」


「「え……?」」


「貴方達が生まれてからしばらくして、熱病に罹ってしまってね。北方の異民族の討伐中に良からぬ病魔に憑かれてしまったらしいわ。そういう行為はできるのだけれど、子種が無くなってしまったのよ」


 アイリーシュが腕を組んで、珍しく不機嫌そうに唇を尖らせる。


「そうでなければ……あと七、八人は子を作る予定だったのだけどね。惜しいことをしたわねえ」


「そ、そうなの……」


「道理で……」


 二人は顔を引きつらせつつ、どこか納得したような表情になる。


 アルバートとアイリーシュ。

 性格も考え事も正反対であるが、二人は仲の良い夫婦である。

 子供はたくさんという考え方の持ち主であるアイリーシュが、ヴィオラとプリムラ以外に子供を作っていないのが不思議だったのだ。


「いっそ、他の男に抱かれてアルバートの子として育てようかとも思ったけど……泣かれてしまってね。それは止めておいたわ」


「それで正解だと思うわ……お母様」


「父親違いの弟か妹がいなくて良かったです……」


 二人が顔を引きつらせつつ、顔を見合わせて頷きを交わすのであった。






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