第26話 執事ディーブルは驚愕する
(この方は何というセンスと『眼』の持ち主だ……才能の塊のような御仁ではないか……!)
レストに魔法を教えながら、ローズマリー侯爵家に仕える執事……ディーブルは内心で舌を巻いた。
ディーブルの視線の先、レストが教えたばかりの魔法を試している。
(旦那様の前で模擬戦をした時から、素質のある若者だとは思っていた。未来有望であるとわかっていた。しかし……これほどとは)
「えっと……これで良いんですよね? ちゃんと出来ていますか?」
「……ええ、問題ありませんよ。ちゃんと発動できています」
「ありがとうございます! もう一度やってみますから、見ていてください!」
レストに対人戦闘訓練を施し始めて、まだ一時間。
最初に魔術師が戦う時の心得についてレクチャーして喝を入れ、それから人間と戦う上で役に立つ魔法を伝授することになった。
正直、そこまでスムーズに進むとは思っていない。
いくら素質のある魔術師であったとしても、新しい魔法の修得には一週間はかかるものである。
上級魔法であれば数ヵ月から数年かかることも珍しくはない。
ゆえに、魔術師は自分が得意な属性の魔法を選択して、習得に励むことが多いのだ。
(だが……この御仁、どうして一度見ただけで魔法を修得できるのだ……!?)
「これで、よし……と」
レストが覚えたばかりの魔法を発動させる。
【隠形】の魔法によってレストの姿が消えた。
諜報員や暗殺者が好んで使う魔法。宮廷魔術師の多くが「下賤な盗っ人の魔法だ」などと修得するのを避けるものだが、対人戦闘にとても有用なので修得してもらった。
この魔法以外にも、レストはすでに【加速】、【煙幕】、【暗闇】、【増幅】などを身に付けている。
いずれの魔法も一度見ただけで覚えており、ディーブルは表情が引きつらないように堪えるのがやっとだった。
(この御方を逃してはならない……何としてでも、ローズマリー侯爵家に取り込まなければ……!)
ディーブルは模擬戦をした時から、レストがヴィオラとプリムラの婿となることに賛成していた。
才能ある若者だと思ったし、孫のように可愛がっているお嬢様には好きあった男性と結ばれて欲しいと思っている。
だが……レストの実力を目の当たりにして、考えは変わった。
レストは『ローズマリー侯爵家に迎え入れても良い人材』ではなく、『絶対に、何を犠牲にしてでも引き込まなければいけない人材』だったのだ。
「ディーブル先生、次はどうすれば良いですか?」
「あー……そうですねえ……」
ディーブルは考え込む。
こうも物覚えが良いと、あっという間に教えられる魔法が無くなってしまう。
それは別に良いのだが……他にも気になることがあった。
(そういえば……先ほどから何度も魔法を使わせているが、魔力が減った様子がないな。どれくらいの魔力を持っているのか先に測らせてもらおうか)
「【身体強化】の魔法を使用してください。出来るだけ強めに」
「こうですか?」
レストが指示されたとおり、【身体強化】を発動させる。
見るべきものが見ればわかる……魔力の膜のようなものがレストの身体をコーディングした。
「対人戦闘において、【身体強化】は基礎であると同時に奥義。魔法が解けないように、出来るだけ長くその状態を維持してください」
「集中力を絶やすなということですね? わかりました、先生!」
レストは【身体強化】を発動させたまま、拳を構えた戦いのポーズを維持する。
(ムラのない綺麗な強化魔法ですな。新米の魔術師であれば【身体強化】を維持できるのは五分未満。宮廷魔術師でも三十分以上、維持できる人間は少ない……さてさて、魔力と集中力がどれだけ保つことやら)
ディーブルは魔法を使い続けるレストのことを観察する。
結果から言うと……レストは一時間ほどで【身体強化】を解除してしまった。
それも魔力切れが原因ではなく、集中力を切らしてしまったからだ。
レストの魔力量は少しも目減りした様子はなく、ディーブルは舌を巻くどころか、肝を引っこ抜かれたような心境になってしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます