第25話 戦い方を学びます
「さて……勉強の次は運動の時間ですな」
「はい……よろしく、お願いします……」
ローズマリー侯爵家にある鍛錬場にて、レストと老年の執事が向かい合って立っている。
目的は鍛錬のため。
執事がレストに戦い方を教えてくれることになっていた。
「レスト殿の希望通りに対人戦闘の訓練をするわけですが……どうされました? 随分と憔悴しているようですが?」
レストは何故かゲッソリとしており、瞳からは活力が消えていた。
「体調が悪いようなら、訓練は後日にいたしますが……?」
「いえ、始めてください……むしろ、身体を思いきり動かして発散したい気分ですから……!」
「…………?」
執事が不思議そうな顔をしつつ、「それでは……」と頷いた。
「ああ、訓練を始める前に改めて自己紹介をさせてください。私の名前はディーブルと言います。元・宮廷魔術師で執事をしています」
「レストです。宮廷魔術師だったのに、どうして執事をされているんですか?」
宮廷魔術師になれば一代限りで『名誉子爵』の爵位が与えられる。
定年まで勤めあげれば、退職金だって十分に与えられるはずだった。
「怪我が原因で職を退くことになりまして。先代様に拾っていただいたのです」
「怪我……?」
「今は大したことはありませんよ。むしろ、年による衰えの方がずっと辛いくらいです」
執事……ディーブルが温和な表情のまま、軽く肩を回した。
「さて……これから対人戦闘訓練を始めるわけですが、まずはあちらを見てください」
「?」
ディーブルが明後日の方向を指差した。
レストが釣られてそちらに視線を向けると……次の瞬間、腹部を衝撃が襲う。
「カハッ……!?」
「失礼。見ていただきたいのは足の方でした」
ディーブルの踵がレストの腹部を強打して、思わずその場に膝をつく。
「ゲホゲホ」と激しく咳き込んで、胃の内容物を吐き出してしまった。
「なに、を……」
「対人戦闘の基本は油断大敵。敵はどのような手段を使って襲ってくるかわかりません」
「…………!」
「奇襲を仕掛けてくるかもしれない。武器を隠し持っているかもしれない。味方に化けて近づいてくるかもしれない、人質を取ってくるかもしれない……ありとあらゆる手段を想定して、万が一に備えることが必要になります」
「…………」
ディーブルが手を差し伸べてきた。
レストはその手を掴もうとして……すんでのところで止める。
「はい、それで正解です」
ディーブルが手の中に隠していた細い針を出した。
もしも手を掴んでいたら、針で刺されていたことだろう。
「これはタダの縫い針ですが、命を狙っている敵であれば毒針を使ってくるでしょうな」
「…………」
「油断をして危険にさらされるのが貴方一人でしたら構いません。自分が死ぬだけですからな。しかし……貴方が死んだことで守ろうとしていた人間まで命を落とすことも、実際の戦闘では往々にしてあります」
「守ろうとしている、人間……?」
そんな人はいない……そうつぶやこうとして、押し黙る。
自分にここまでしてくれた人達。
あの家から連れ出して、未来を切り開く環境を与えてくれた人達がいる。
(ヴィオラ……プリムラ……)
ローズマリー姉妹の顔が頭に浮かぶ。
レストが二人に対して愛やら恋やらを抱いているかと聞かれたら、首を横に振る。
しかし、絶対に傷ついて欲しくない人間は誰かと訊ねられたら……真っ先に二人の顔が思い浮かぶ。
「守るべき人間がいるのであれば、絶対に敗北は許されません。ありとあらゆる手段を使って、どんなに泥に塗れようと、卑怯者と罵られようと……その方々を守るために戦って勝利しなさい。正々堂々と戦ったから負けても仕方がない……そんなまっとうな騎士道を魔術師が持つ必要はありません。勝たなければ意味がないのです」
「……わかりました」
「結構。それでは、これからの訓練ですが……」
「【土球】」
地面に座り込んだまま、ディーブルが背後を振り返ったタイミングで魔法を発動させる。
後頭部に向かって放たれた土の魔法であったが、ディーブルは首を横に傾けて不意打ちの攻撃を回避した。
「よろしい。今のは花丸です」
ディーブルが拍手をしながら振り返った。
ロマンスグレーのヒゲを生やした顔にシワを深めて、レストの不意打ちを称賛する。
「勝利のためならば犬にも畜生にもなる……それが魔術師の正しい在り方。貴方はとても素質がありますよ」
「……ありがとうございます」
褒められたレストがしかめっ面になる。
不意打ちを避けられてしまった。
いくら褒められようと、勝たなければ意味がない……それがディーブルの教えだというのに。
「フフッ……」
悔しそうに表情を歪めるレストに、ディーブルが笑みを深めた。
「これからの訓練ですが……やるべきことは二つです」
ディーブルが二本の指を立てて、順番に曲げる。
「一つ目は魔法の修得。対人戦闘で役に立つ魔法を教えていきますから、それらを覚えていってください」
「…………はい」
「そして、二つ目。私とひたすら模擬戦をしてもらいます。何でもありの戦闘だけではなく、魔法無しでの肉弾戦、特定の魔法しか使うことができない戦闘、四肢や五感を制限した戦闘なども経験していただきます」
「…………」
「生憎と私の格闘術は我流になりますので、型や武芸を教えることはできません。自分で勝手に学んでください」
「……技を盗め、そういうことですね」
レストは頷いて、今度こそ立ち上がった。
対人戦闘訓練ということなので、てっきり空手や柔道のように組手や受け身の練習をさせられるものだとばかり思っていた。
予想していたのとは違うが……ディーブルのやり方はより実践的だ。
(もしもディーブルさんに勝てるようになったら、俺は確実にもっと強くなれる……!)
セドリックはもちろん、現役の宮廷魔術師である父親にだって勝利することができるかもしれない。
「では、まずは魔法の修得です。最初に覚えてもらうのは【
「はい、よろしくお願いします……先生!」
レストは力強く言って、師となってくれた男に頭を下げたのである。
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