第20話 ローズマリー侯爵は苦悩する
ローズマリー侯爵家とエベルン名誉子爵家の話し合いが終わり、レストの身柄をローズマリー侯爵家が引き受けることが決まった。
帰りの道中、侯爵家の馬車の中でアルバート・ローズマリーが溜息を吐いた。
「何というか……酷い有様だな。あの男は」
「はい。とても見苦しゅうございました」
主人の言葉に、対面の座席に腰かけた執事が答える。
先ほどの話し合いでルーカス・エベルンが見せた醜態は、二人を呆れさせるには十分なものだった。
「奴が貴族の地位にこだわっており、平民を蔑視しているのは知っていた。魔法の才能へのこだわりが人一倍強いことも。だが……実の息子にあそこまで酷く接していたとは思わなかったな」
話し合い中、ルーカスはずっと実施であるはずのレストのことを『アレ』、『出来損ない』、『ゴミ』などと呼んでいた。
家族を愛し、身内に甘い人間として知られているアルバートとしては、眉をひそめずにはいられないような口ぶりだった。
「そのくせ、才能はあっても傲慢な息子には甘いのだから呆れさせる。正直、奴を宮廷魔術師から辞めさせたいくらいだよ」
「辞めさせてしまえば、よろしいではありませんか。その口実はあるでしょう?」
嫡男が侯爵家の姉妹を連れ出して、危険な目に遭わせたのだ。
父親に責任を取らせたとしても誰も非難はしないだろう。
「いや……それはまだやめておこう。奴が貴族でなくなってしまえば、レスト君を娘の婚約者にするのが難しくなるからな」
エベルン名誉子爵家がどうなろうと知ったことではないが、レストのことを娘達が気に入っている。
二人のどちらかと婚約させるためには、レストに貴族としての地位が必要だった。
「レスト君が学園を卒業して、宮廷魔術師や他の役職に就いたら問題ないがな。それまでは貴族でいてもらった方が都合が良い。他家に養子に迎えてもらうという手もあるが、来年の学園入学までには間に合うまい」
来年には、ヴィオラとプリムラが王立学園に入学することになる。
それまでにレストと娘を婚約させたかった。
学園に入学すれば、多くの男達が姉妹に言い寄ってくるだろう。
親の欲目を抜きにしても二人は類まれな美少女であり、スタイルも良く、血筋も申し分ないのだから。
「……来年はあの馬鹿王子も入学してくるからな。レスト君が婚約者になってくれていた方が、あの子達を守れるだろう」
馬鹿王子というのは王家の第三王子であるローデル・アイウッドのことだった。
性格は横暴、高慢、女好き。それでいて無能というわけではなく、魔法の才能だけはあるという面倒な男。
セドリックの上位互換のようなロクデナシであるその男が、よりにもよってローズマリー姉妹と同学年で学園に入学することになる。
「試験で不合格になってくれれば安心なのだが……そうムシが良い展開にはならんだろう。奴は能力的には優秀だからな。おそらく、合格してくる」
ローデルが同級生として入学すれば、間違いなくヴィオラとプリムラに絡んでくるだろう。
これまでにも、ローデルは問題を起こしていた。
夜会で出会った貴族の娘に言い寄って、その婚約者である男性とトラブルを起こしたり。
王城で働いていた若いメイドに暴力を振るい、力ずくで手籠めにしようとしたり。
他国から友好の使者として訪れた王女を口説き、袖にされると激昂して怒鳴り散らしたり。
すんでのところで大きな問題になることなく揉み消すことができているが……ローデルが稀代のダメ王子であると誰もが知っている。
「……同学年に婚約者のクロッカス公爵令嬢も入学する予定。二つ上の学年には第二王子殿下もいることだし、大きな問題を起こすとは限らないが」
「……お嬢様達の安全のためにも、婚約者がいた方が良いということですな」
婚約者がいれば、いかに王子といえど無理に口説くことはできなくなる。
強引に迫られた際に反撃したとしても、非難を受けるのは向こう側だった。
「レスト君が無事に合格したら、すぐにでも婚約の手続きをする。我が娘が馬鹿王子の毒牙にかかるなど耐え難いからな」
「そのためにも、エベルン名誉子爵家は必要ということですな。理解いたしました」
アルバートの言葉に執事が深く頷いた。
しかし、すぐに「ですが……」と問いかける。
「ヴィオラお嬢様とプリムラお嬢様……いったい、どちらとレスト様を婚約させるおつもりですかな? どちらを婚約者にしたとしても、もう一方は納得しないと思いますが……」
「う、ぐ……」
痛いところを突かれて、アルバートが渋面になる。
馬鹿王子から娘達を守るためには、仮初であったとしても婚約者がいた方が良い。
だが……レストは一人。娘は二人。
ヴィオラとプリムラ……どちらを婚約者にしても、確実に角が立つだろう。
「貴族であれば重婚も認められています。いっそのこと、二人とも……」
「いや! いやいやいやいや!」
執事の提案にアルバートが首をブンブンと振った。
「レスト君が好青年であり、魔法の才能があることはわかっている! だが……娘を二人もやるのは入れ込み過ぎだ! 断じてあり得ない!」
「しかし、どちらかを選べば、もう片方のお嬢様からは確実に恨まれますよ? 旦那様はそれに耐えられるのですかな?」
「うぐお……」
可愛い娘から「お父様なんて嫌い!」と言われる場面を想像して、アルバートが胸を抑えた。
耐えられない。心臓が破裂してしまう。
「考えようによってはですが……レスト様に二人とも嫁がせてしまえば、どちらも嫁に出すことなく家に置いておくことができるのでは?」
「それ、は……そうかもしれないが……しかし……」
走る馬車の中、アルバートが頭を抱えて項垂れる。
侯爵家の屋敷に到着するまで、アルバートはひたすら苦渋の唸り声を漏らし続けるのであった。
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