第21話 侯爵家に引き取られました


 レストはローズマリー侯爵の提案を受けて、執事と模擬戦に臨んだ。

 結果は敗北したが……侯爵から推薦状を書いてもらえることになり、その日は侯爵家に泊まることになった。

 翌日、客間でそろそろ帰った方がいいかと思っていると、侯爵の執務室に呼び出された。


「……そういうわけで、君をローズマリー侯爵家が引き取ることになった」


「いや、どういうわけですか!?」


 ローズマリー侯爵がどこか苦々しい顔で言い放った言葉に、レストは思わず声を裏返らせた。


「「やったあ!」」


 そんなレストの横で、ヴィオラとプリムラが両手を合わせて飛び跳ねた。

 髪の色も性格も違う双子の姉妹が同じタイミングでピョンピョンと跳ねながら、喜びの声を上げる。


「つまり、これからレスト君と一緒に暮らせるのね!」


「レスト様、良ければ一緒にチェスでも如何ですか? カードでも良いですよ?」


「ちょっと、プリムラ。レスト君は遊びに来たんじゃないのよ? 勉強のためにここに住むんだからね!」


「もちろん、わかっております。しかし……初日くらいは良いではありませんか。昨日は模擬戦で怪我もしていましたし」


「うーん……それもそうね! だったら、私の部屋でお話しない? レスト君には聞きたいことがたくさんあるわ!」


「ゴホンッ!」


 はしゃいでいる娘達に、ローズマリー侯爵が大きな咳払いをした。


「……あくまでもレスト君は使用人見習いとして雇い入れるだけだ。それから先の話は彼が王立学園への入学が決まってからになるだろう。二人とも、くれぐれもそのことをわきまえるように」


「はーい」


「わかりました」


「それでは……レスト君」


 ローズマリー侯爵がジロリとレストのことを睨みつける。


「君は我が家の使用人として屋敷の一室で寝泊まりをして、職業訓練の一環という名目で試験勉強を行ってもらう。給料は出すことはできないが……その代わり、衣食住はこちらで面倒をみよう」


「もちろん、構いませんが……むしろ、よろしいのですか? 俺、じゃなくて自分には得しかありませんけど……?」


「娘の命の恩人だ。それくらいはさせて欲しい。それに……我が家の推薦を受けて受験するのだから、不合格になってもらっては困るからな」


「そうよ、レスト君! 遠慮しないで!」


「レスト様には本当に感謝しているのです。これくらいでは恩返しになりませんよ」


 ヴィオラとプリムラがフォローを入れる。


 相手は王国でも有数の大貴族だ。

 使用人を一人、屋敷で住ませるくらいは容易なことなのだろう。


「他にも要望があるようなら、可能な限り叶えるつもりだ。ただし……『娘と一緒の部屋で寝泊まりしたい』などという希望は聞けぬぞ!」


「い、言いませんよ! そんなこと!」


 レストは慌てて両手を振った。

 馬小屋で暮らしていた自分を屋敷に迎え入れ、入学試験までサポートしてくれるのだ。

 これ以上の希望なんて、あるわけが……。


「あ……」


 一つ、お願いしたいことが思いついてしまった。

 ローズマリー侯爵が「フム?」とモノクルを光らせる。


「何かあるようだな。言ってみたまえ」


「あー……その、出来ればで良いんですけど……あの執事さんに戦い方を教えてもらいたいんです」


「ほう? 戦い方を?」


「はい、先日の模擬戦で気がついたんですけど、自分は人と戦う経験が足りていないみたいです。執事さんにその辺をご教授いただきたいと思いまして……」


「フム……」


 ローズマリー侯爵が部屋の入口に目を向けた。

 扉の横に立っている執事が深く頷く。


「私もレスト殿は鍛え甲斐があると思っていました。お望みとあらば、喜んで」


「ディーブルもそう言っていることだし、勉強の合間であれば構わない。試験には実技試験も含まれているからな」


「ありがとうございます」


 レストはローズマリー侯爵に、後ろの執事に頭を下げて礼を言う。


「さあ、もう話は終わりよね! レスト君にお部屋を用意してあげないと!」


「私の隣の部屋で良いですよね? 勉強を教えるのに都合が良いですから」


「ダメよ、プリムラ! レスト君は私の隣の部屋に住んでもらうの!」


「姉さん、それはナンセンスです。勉強は私の方が出来るんですから、私の隣の部屋が都合がいいはずです!」


「わあっ!」


 ローズマリー姉妹がレストの両腕を取り、言い合いを始めた。

 姉妹に挟まれたレストが困惑に瞳を躍らせる。


「レスト君……わかっていると思うが、娘に手を出したら承知しないからな……!」


「ヒイッ!」


 おまけに、侯爵までレストの肩を掴んできて、妙に迫力のある笑顔で言い含めてきた。


(こ、これは……どうしたら良いんだ……?)


 好意を全開で向けてくる姉妹。嫉妬に目を血走らせる侯爵。

 三人に囲まれたレストは激しく困惑して、目をグルグルと回した。

 エベルン名誉子爵家ではずっと冷遇されてきたレストであったが、好待遇も過ぎれば苦悩に発展するらしい。

 その後、長い話し合いによって、レストは姉妹の部屋と同じフロアのやや離れた部屋で寝泊まりすることが決まったのである。

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