第22話 ローズマリー姉妹は猛攻する

 かくして、レストはローズマリー侯爵家にて寝泊まりすることになった。

 十歳までは平民として生きてきて、母親が亡くなってからの四年間は馬小屋暮らし。

 侯爵家での生活は慣れないものであり、肩身の狭い生活になるのではないかと思っていた。

 しかし、実際に暮らしてみると居心地は良かった。

 良過ぎた……ともいえる。


「レスト君、わからないところはない?」


「レスト様、この問題はこうやって解くんですよ」


「…………」


 使用人見習いには過ぎたものと思われる一室にて。

 レストはヴィオラとプリムラに挟まれながら、試験勉強をしていた。

 机に着いたレストの右側にヴィオラ、左側にプリムラ。二人は必要以上に身体を密着させてきて、レストの手元を覗き込んでくる。


 屋敷の中ということもあって、二人は部屋着らしき服に身を包んでいる。

 ナイトドレス……あるいは、ネグリジェと呼んだ方が馴染みがあるだろうか?

 年頃の男の前に出るにはやや生地の薄いその服は、髪の色に合わせているのか、ヴィオラは黄色でプリムラは水色だった。


(何だ……どうして、こんな扇情的な服で勉強を教えてくるんだ……?)


 レストは必死になって問題に意識を向けつつ、心の片隅ではどうしても姉妹のことを意識してしまっていた。

 しかし……ここはローズマリー侯爵家の屋敷の中。姉妹がどんな服を着ようと勝手である。レストに口出しする権利はない。


(そういえば……上流階級の人間は下賤な人間に肌を見られても何も感じないって、どこかのマンガに書いてあったような……俺なんか全然意識していないから平気ってことか?)


「……と、解けました」


「うんうん、正解よ。さすがはレスト君! ご褒美を上げたいくらいよ!」


「レスト様はとても物覚えが良いです! この調子なら、余裕で試験までに間に合います!」


「うぐ……」


 姉妹がムギューと身体を寄せてくる。

 フワリと香ってくる花の匂い。この世界にはシャンプーやボディーソープはないが、これは何の香りなのだろう?

 両腕に当たっているのは温かなぬくもりと柔らかい感触。薄手の服のせいで、しっかりと膨らみがわかってしまう。

 その感触が何かわからぬほど、レストは子供というわけではない。

 自然と顔が赤くなり、舌も上手く回らなくなる。


「お、お嬢様……その、当たってまして、えっと……!」


「お嬢様じゃないわ。ヴィオラって呼んで」


「プリムラですよ、レスト様♪」


「うぐっ……!」


 二人がさらに胸のふくらみを押しつけてきた。

 やわやわと形を変える胸の感触は、前世を含めて母親のもの以外に味わった記憶はない。


(まさか……俺が、こんな子供を相手に……!)


 レストはゾクゾクと背筋を謎の感覚に襲われながら、身体を震わせた。


 前世、レストは十七歳で命を落とした。

 十四歳になるローズマリー姉妹はレストから見たら、中学生の子供のはずである。

 だが……如何せん、この国の人間はいずれも西洋人風の容姿の人間ばかり。

 日本人は世界的に幼く見えるというが、レストの目には姉妹は高校生以上の大人の女性に見える。


(前世の年齢含めたら、もうオッサンだっていうのに……こんな女の子に翻弄されるだなんて……!)



「レスト君?」


「レスト様?」


「く……ヴィオラ様、プリムラ様、距離が近すぎます。少し離れてください……!」


「『様』はいらないのだけど……いいわ」


「はい。今日は許してあげます」


 姉妹が悪戯っぽく笑って、レストから離れてくれた。

 幸福な感触が遠ざかり、安心したような残念なような気分である。


「それじゃあ、次はこの問題に行ってみましょう」


「さっきの問題の応用です。レスト様ならば解けると信じています」


「……が、頑張ります」


(集中……そう、問題に集中だ! もう二人のことは考えるな!)


 レストは姉妹のことを意識しないように、全神経を机の上の教材に向けようとする。


(俺は機械だ。無心になって問題を解くだけの機械。それ以外は何も知らない。問題を解く、解く、解く……考えるな。感じろ! 二人のおっぱいの感触を…………じゃないっ!)


 頭の中で一人でノリツッコミをしつつ、レストは問題を全て終わらせた。


「お、終わった……」


「はい、お疲れ様」


「お疲れさまでした」


「は、はひ……どうも、ありがとうございました……」


 色々な意味で精神力を使い果たして、レストがガックリと放心状態になる。

 姉妹はそんなレストを尻目に問題を採点しているが……「ああっ!」と声を合わせて嘆いた。


「プリムラ、ここに間違いがあるわ!」


「本当ですね、姉さん。しかも初歩的なミスじゃないですか」


「えっ……!?」


 レストが慌てて確認をすると、確かに問題の一つに誤答があった。

 決して、難しい問題ではなかったはずなのに……間違えてしまった原因はシンプルな注意不足ケアレスである。


「残念ねえ……全問正解していたら、ご褒美を上げようと思っていたのに……」


「はい……とても残念です……」


 二人が声をそろえて、わずかに沈んだ様子を見せる。


「ご、ご褒美ですか……?」


 その内容が非常に気になる。

 ご褒美をもらえなかったことが残念なような。

 それでいて、ホッとしたような。

 何とも言えない、不思議な気持ちである。


「申し訳ありません……せっかく、二人が教えてくれたのに。以後、このようなことがないように気をつけて……」


「あ、それじゃあ姉さん! ご褒美の代わりに『お仕置き』をして差し上げるというのは如何でしょう?」


「へ……?」


 プリムラが名案だとばかりに両手を合わせて、そんなことを言ってくる。


「それがいいわ! プリムラ、良いことを言うわね!」


「え? ええっ!? ちょ……二人とも!?」


「抵抗しちゃダメよ。動かないで、レスト君」


「そうですよ。これは簡単な問題を間違えたペナルティなんですから」


 二人が何とも愉快そうな顔で身体を寄せてくる。

 再び、レストの腕に柔らかな膨らみが押しつけられた。


「ヒエッ……!」


「それじゃあ、お仕置き。行くわよ……!」


「レスト様、どうかお覚悟を……!」


「うひいっ!?」


 姉妹からのお仕置きに、レストが声を裏返らせて奇妙な悲鳴を上げる。


「はう……お、お嬢様、大胆過ぎです……」


 ちなみに……部屋の隅では、姉妹のお付きのメイドが顔を真っ赤にして立っていた。

 勉強しているだけとはいえ、若い男女が同じ部屋は不味いだろうと同席しているメイドであったが……初心でお年頃の彼女では姉妹の行動を抑止するには力不足なのであった。

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