第199話 おだてられたので木に上ります

 ワームというのは竜種の魔物。

 つまり……ドラゴンの一種である。

 ドラゴンはこの世界において最強の魔物と呼ばれている。

 賢者クラスの魔術師、サブノックのような魔境の魔力を吸って異常成長した個体などの例外を除いて、この世に天敵はいない。

 かつては空を支配していた竜であるはずのワーム。彼らがどうして地中で生活しているかというと、他のドラゴンとの勢力争いに負けて地下に逃げ込んだのだといわれている。

 翼を無くして、視力なども退化して、湿地などの柔らかい地面を掘って生きている弱きドラゴン。それがワームという魔物だった。


「弱いとはいえ、それでも竜種の魔物……やけにあっけないかと思ったら、まさかの子供だったわけか……」


「驚いたなあ。私もビックリだよ」


 炎に焼かれて倒れているワームの死骸を見やり、レストとユーリが二人そろって嘆息した。

 苦戦こそしなかったものの……このワームだって弱くはなかった。

 中級魔法を何発も撃ちこんで、ようやく倒すことができた。宮廷魔術師クラスの戦力でもなければ単独での討伐は不可能だろう。


(それがタダの雛かよ……アレが子供だと言われると、少しだけ自信を無くすよな)


 レストが難しい表情をしていると、ウルラが顔を覗き込んできて首を傾げる。


「大きさ、倍以上……できる?」


「親のワームの大きさは倍以上あるとのことだが、それでも勝てるかとウルラが聞いているようだな……レスト、どうだろうか?」


「そうだな……」


 レストは少しだけ、考え込む。

 ユーリとウルラ……対照的な二人の視線を受けながら、自分の考えを口にする。


「……会ったこともない敵に、絶対に勝てるとは断言できないよ。だけど、俺だって全部を見せたわけじゃない。切り札を使えば勝機はある」


「ああ、それなら安心した。勝てるそうだぞ」


 ユーリが安堵の表情で言う。

 勝てると断言したわけではないのだが……予想外の反応に、レストが目を丸くした。


「いや、だから勝てるとまでは……」


「勝てる。レストだったら、わずかでも勝機があればそれを必ず掴むことができるはずだ。私はそれを信じている」


「ん……だいじょうぶ。安心」


 ユーリに続いて、ウルラまでもがうんうんと頷いた。

 何だろう、この謎の信頼は。

 二人は疑いようもなく、レストの勝利を信じてくれているようだ。

 言葉に迷いがなくて、ちょっと怖いくらいである。


(そこまで、信頼関係を築けるようなことをしたっけか……?)


 出会ったばかりのウルラはもちろん、ユーリとだってそこまでの関係を作った覚えはないのだが。

 レストが自分自身を信じているよりも、ユーリやウルラからの信頼の方が強いようである。


「そこまで言ってくれるのなら……勝つよ。やってやろうじゃないか」


 二人の美少女にここまで言われたら、勝てると断言するしかないではないか。

 どんな関係であったにせよ……自分を信じてくれている女性の期待を裏切れるほど、レストは薄情にはなれなかった。

『若い』……もしくは、『青い』ともいう


「とりあえず、湿地帯の探索を続けよう。ワームの生態や弱点を探りつつ、親の個体を探そうじゃないか」


 弱点の属性。生態などを把握していれば、攻略法も見えてくるだろう。

 できれば、親のワームと戦うまでに雛と何匹か戦っておきたい。


「GYAOOOOOOOOOOOOOO!」


「ああ、渡りに船だな。さっそく出てきたか」


 少し離れた場所から、ワームの鳴き声が聞こえてきた。

 魔法で気配を探ってみると……先ほどと同じくらいのワームが二十メートルほど離れた位置にいる。


「それじゃあ、りますか」


(可愛い女の子に期待されたら、応えてやりたくなる……豚もおだてりゃ木に登る。男ってのは単純な生き物だな……)


 無限の魔力があろうとも。

 伯爵という地位を手に入れようとも。

 結局のところ、レストも一人の男でしかない。

 ユーリやウルラから全幅の期待を寄せられたら、応えるために全力を尽くすしかない。


 レストは無性に情けない気持ちになりながら、沈痛な表情で首を横に振ったのである。

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