第198話 すごく太いです


 目の前に飛び出してきたのは、全身に泥をまとった大蛇のような怪物。

 黒い胴体は電信柱ほどの太さで、天を衝くように縦に伸びた姿はまるで一本の塔のようである。

 魔獣サブノックと比べるとやや小さく見えるものの……それでも人間を丸呑みするには十分なサイズがあった。


「おお……レスト、デカいぞ! すごいぞ!」


「ああ、デカいな……まあ、図体が大きいということは的が大きいということでもあるんだが……」


 ユーリがワームを指差して叫んでいる。

 レストはその言葉に焦ることなく、冷静に体内の魔力を練り上げる。


「みんな、下がれ……ここは俺に任せてくれ!」


 レストがワームの胴体に掌を向けて、魔法を発動させた。


「【風球ウィンドボール】【増幅アンプリケイション】【圧縮コンプレッション】【加速アクセラレータ】!」


 四重奏カルテットでの魔法発動。

 大気を圧縮して弾丸のようにして、高速で射出させる。


「GYAO!」


 ドゴンと重機が衝突するような音がして、ワームの身体が『く』の字に折れた。

 太く長い身体には大きな穴が穿たれている。

 上下に両断とはいかなかったが、大きな傷口からは青紫色の体液が噴き出ていた。


「オオッ……何という魔法だ!」


「当然だな、レストだぞ」


「ん……当然」


 オストレーが驚きの声を上げて、ユーリとウルラが訳知り顔で頷いている。

 ユーリはともかくとして……レストが戦っているところを初めて見たはずのウルラに、何がわかるというのだろうか。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 ワームが怒りの絶叫を上げて、レストめがけて鎌首をもたげる。

 巨大な口でレストの身体を呑み込もうとするが……レストはすかさず、追撃を放った。


「【火砲ファイアボルト】」


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 中級魔法の一撃がワームの口から体内に撃ち込まれ、巨体を内側から焼いていく。

 苦しそうにのたうっているが、まだ倒れる様子はない。巨大な外見通りにタフな生命力の持ち主のようである。


「【火砲】」


 また、追撃。

 ワームの身体を炎が包み込み、勢いを増していく。

 ワームは沼に潜って火を消そうとするが……逃がさない。レストはさらに魔法を放った。


「【火砲】!」


「~~~~~~~~!」


 ダメ押しで、さらに一撃。

 ワームは声にならない絶叫を上げていたが、やがて炎の中で弱々しくのたうってから動かなくなる。


「倒したぞ」


 周囲の気配を探ってみるが、他に魔物らしき気配はなかった。

 最終的に力任せのゴリ押し。

 無限の魔力に任せて、ひたすら攻撃した結果である。


(スマートさの欠片もない戦法だったな……まあ、何でも良いか)


 格好つける必要はない。

 スマートでなどなくても、勝てばそれで良いのだ。


「どうだ、レストはすごいだろう?」


 ワームを倒したレストに、何故かユーリがどうだとばかりに大きな胸を張った。


「ワームといったか? 竜種の魔物を相手に圧勝だったな!」


「すごい……でも、まだ」


 ウルラがフルフルと首を横に振る。

 ウルラもレストの戦いぶりに頬を紅潮させているが、ユーリのように興奮してはいなかった。


「まだ。終わってない」


「ム……?」


「子供。ベイビー」


「な、何だってえ!」


 ウルラの短い説明に、ユーリが驚きの声を上げた。

 いったい、何をそんなに騒いでいるのだろう。レストとしては首を傾げるしかない。


「このワームは子供なのです。親が別にいます」


 見かねたように、従者の女性が口を挟んだ。

 平坦な声で告げられたのは……レストの仕事がまだ何も終わっていないという事実である。


「子供って……まさか、あの大きさで幼生体だっていうのか!?」


「子供……ベイビー。とっても太いです」


「ええ、お嬢様の仰る通りです。親のワームは倍以上の大きさがあります。きっと、簡単には倒せないでしょうね」


「…………!」


 告げられた事実に、レストは言葉を失った。

 問題は解決していない。仕事は始まったばかりのようである。

 広い湿地帯を舞台にしたワームとの戦いは、まだまだ序章なのであった。

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