第6話 学園入学を目指します
それから、二年の月日が経った。
レストは十四歳になったが、扱いは特に変わっていない。
寝泊まりは馬小屋。食事は一日一回、犬食いをさせられる。
栄養は足りなかったが、一部、レストの境遇に同情した使用人が捨てるパンや野菜を分けてくれているため、どうにか餓死は免れていた。
時折、魔法の実験台にされるおかげで、新しい魔法を修得することができている。
精神的なダメージはあるものの、苦難の境遇に耐えて順調に成長していた。
(来年で十五歳。成人の年齢か……)
昼下がり。
馬の世話などの仕事を終えたレストは小屋の横に積まれた薪の上に座って、これまでの日々を思い出す。
(十歳の時に母が死んで、この屋敷に引き取られてからの四年間。屈辱的な日々だった。でも……それもじき終わりだ)
十五歳になれば、まともな仕事に就くことができる。
この屋敷を出ていき、自由に生きられる。屈辱の日々は終わりだ。
(だけど……出来れば自由になるだけじゃなくて、もっと上を目指したいよな)
腹違いの兄のおかげで、レストはこの世界における中級魔法程度まで使用できるようになった。
今の時点でも、市井に出てから仕事に困らない。
だが……あくまでも困らないというだけであり、『上』に昇ることができるかどうかは話が別である。
(どうせなら、父よりも上……宮廷魔術師以上の地位を目指したい)
レストのことを侮り、踏みにじってきた人間達よりも上に登る。
それが四年間の屈辱を晴らすのにもっとも最適であると、レストは考えていた。
(そのために、『学園』に通いたいな。何か方法はないだろうか?)
『学園』というのは国内最高の教育機関……アイウッド王立学園のことである。
『アイウッド』というのはこの国の国名であり、王族の名前だった。
大陸西部にあって、大国というほどの国力はないが小国というわけでもない中等度の規模の王国である。
(アイウッド学園には平民も入学することができる。卒業すれば、文官にせよ武官にせよ、高い地位を望むことができる)
裏を返せば、この学園を卒業しなければ国の役職に就くことは難しい。
宮廷魔術師などの役職も同じ。
父もかつて学園を卒業しており、セドリックもまた学園入学を目指して受験勉強をしている。
勉強のストレスからか、レストに対する折檻が増えているので間違いない。
(学園には十五歳にならないと入れない。貴族枠であれば親の許可を得て試験を受けるだけでいいけれど、平民枠には推薦状が必要だ)
王立学園は『貴族枠』と『平民枠』で入学試験が分けられている。
貴族枠で試験を受けるためには家長から身分の保証を受けて、許可を得ればそれで足りる。
しかし、平民枠で試験を受けるためには、貴族などの社会的地位がある人間から推薦状を出してもらう必要があるのだ。
レストも戸籍上は貴族ということになっているが……あの父親が許可を出してくれるとは思えない。
(貴族枠で試験を受けられないとなれば、平民枠で試験を受けないといけない。誰か他の貴族、もしくはそれに見合う身分の人間との伝手が必要だな。誰か、ちょうど良い人間がいないだろうか?)
母親が天に召されてから、レストはずっと屋敷に閉じこめられるように生活していた。
夜中に抜け出したりすることはあるが、他の貴族と交流をすることもなく、人脈は持っていない。
どうにかして、社会的地位がある人間と知り合う必要があった。
(どうにかして……何か方法はないだろうか……?)
「…………ん?」
考え事をしていると……ふと、人の話し声が聞こえてきた。
この屋敷では聞かない声、複数の子供が話している声だった。
(一人はセドリック。他に何人かいるな…………よし、盗み聞きしちゃおうかな)
好奇心から、レストは【
この魔法は風を操って物を運んだり、敵を攻撃したりする魔法だったが、応用で遠くの音を運んでくることもできるのだ。
その声は屋敷の庭から聞こえてきた。
『よし、それじゃあ探検に行こうか!』
『ああ、魔物狩りだ。屋敷の近くにちょうどいい森があるんだ。魔法の練習がてら行ってみようぜ』
『俺、新しい魔法を覚えたんだ! 早く試したくてウズウズしてたんだよ!』
『でも……私達だけで魔物狩りなんて危ないんじゃない? 大人も連れて行ったほうが……?』
『私もそう思います。魔物は危ないし怖いですから……』
『なんだ、臆病だなあ』
(……話しているのは五人か。セドリックの友達かな?)
声から判断するに……セドリックと男子二人、女子二人のようだ。
そういえば……朝食の席でセドリックの友人が遊びに来ると話していた。
(それにしても……森に魔物狩りだって?)
森というのは、レストが普段から魔法の鍛錬で使っている森のことだろう。
日常的に間引いているおかげで、あの森にいる魔物は少ない。
それでも全くいないというわけではないし、森の深部には最近になって強力な魔物が棲みつくようになっていた。
その魔物は知能が高く、レストを警戒して近づいてくることもないので、基本的には放置している。
『なんだ、やっぱり女は臆病だな!』
『来年には俺達は学園に入学するんだ。魔法科や騎士科では訓練として戦闘はあるし、魔物と戦う予行練習は必要だろう?』
『怖いのなら、待ってたらどうだい? 俺達だけで行くからさ!』
『なっ……私達は臆病なんかじゃない!』
『ね、姉さん、落ち着いて……』
『だったら、行くよな? 大丈夫だって、俺が付いているからさ!』
会話は進んでいき……このまま全員で森に行くことで決まりそうだ。
あまり積極的ではない女子二人も一緒に行くことになるだろう。
(うーん……セドリックも来年には成人だし、たぶん大丈夫なんだろうけど……)
レストは腕を組んで考え込む。
森に入るのがセドリックだけならば、勝手にしろと言ってやるところである。
仮に魔物に襲われて命を落としたとしても、馬鹿な奴だと笑ってやろう。
だが……セドリックの友人らしき四人を見捨てるのは忍びなかった。
特に女子二人。見知らぬ女の子が危険な目に遭うのを見過ごすのは寝覚めが悪い。
(仕方がない。俺も隠れてついていこうかな……)
今日の仕事はもう終わっている。
セドリックのためではない。同行している女子二人のために、お守りでついていってやろう。
レストは薪から立ち上がり、セドリックを含めた五人の子供を追いかけて森に行くことを決めた。
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