第5話 魔物と戦います


「さて……出かけるか」


 夜半。

 屋敷の人間が寝静まったタイミングを見計らって、レストは馬小屋を出た。

 すでに屋敷の明かりは落とされている。

 レストの足元を照らしているのは、夜空に浮かんでいる赤青黄の三色の月の光だけ。

 三つもある月を見上げて、レストは改めてここが異世界なのだと感じ入る。


「【暗視ナイトスコープ】」


 魔法を発動させると、途端に視界が明るくなる。

 闇夜を見通すことができる魔法の効果によって、昼間のように周囲の光景が見えるようになった。

 この魔法はセドリックに教えてもらったわけではない。

 レストが修得している魔法の大部分……主に攻撃魔法はセドリックに的にされたことで修得されたものだが、それ以外にもいくつか魔法を使うことができる。

【暗視】は母親と二人暮らしをしていた頃、いつも裏路地に座って酒を飲んでいる中年男性から教わった。

 パンと引き換えに魔法を教えてくれた、その男性の素性をレストは知らない。

 しかし、彼のおかげで【暗視】や【開錠アンロック】、【気配察知ライフサーチ】などの魔法を覚えることができたのは感謝していた。


(あの人がどういう仕事をしている人間だったのかは、考えない方が良いんだろうね……)


(さて……魔物はどこかな?)


 レストは森の入口に到着した。

 鬱蒼と生い茂る木々が月明かりをさえぎっており、森の中は怪物の口のように暗く沈んでいる。

 魔法を使っていなければ、一メートル先も見通すことができず、歩くどころではなかっただろう。


(魔物は……こっちか)


【気配察知】の魔法を使用して魔物を探す。

 ちょうど森の入口近くに三匹の魔物の気配を発見した。

 できるだけ音を立てないように行ってみると、そこには額に眼球がある三つ目の狼が何かの肉を貪り食っている。

 レストは木の陰に身を隠して、狼の姿を窺う。


(食べているのは…………ウエ、ゴブリンか)


 三匹の狼に食べられているのは緑色の肌をした猿のような生き物。

 いわゆる、『ゴブリン』と呼ばれる魔物だった。

 ファンタジーではおなじみの魔物であるが、やはり人型の生き物がガツガツと貪られて骨やら内臓やらを剥き出しにしている姿は気持ちが良い物ではない。


「グル?」


 ゴブリンの肉に夢中になっていた狼の一匹が顔を上げて、周囲を探るような動きをする。

 匂いや気配から、レストの存在に気がついたのかもしれない。


(先天必勝……いくか!)


「【雷球】」


 レストは木陰から飛び出して、覚えたばかりの魔法を放った。

 バチバチと紫電を放つ雷の球体が狼の一匹に命中して、大きな体を激しく痙攣させる。


「グウウウウウウウウウッ!?」


「ガウッ!」


「ガアッ!」


 仲間がやられているのを見て、他の二匹の狼がレストめがけて飛びかかってくる。

 レストは慌てず冷静に次弾を発射した。


「【雷球】」


「ギャンッ!」


 二発目の雷球も狼に命中する。

 続けて三発目も放とうとするが……それよりも早く、狼が飛びかかってきた。


「ガアアアアアアアアアアアアッ!」


「クッ……!」


 咄嗟に横に飛んで攻撃を回避したが、爪が掠って腕に赤い線が刻まれる。

 痛みに表情が歪みそうになるが……ここで慌てたら、敵の思うつぼだ。


(心が乱れたら魔法も乱れる。冷静に、冷静に……)


「【雷球】」


「ガアッ!?」


 心を鎮めて放った雷が最後の狼に命中して、倒れた。

 レストは安堵に息を吐いて、地面に倒れている三匹の狼を確認する。


「グ……ル……」


「ああ……まだ生きているのか」


 どうやら、【雷球】はそれほど殺傷能力がない魔法のようだ。

 感電して痺れた狼は身動きが取れなくなっているが、三匹ともまだ息がある。


「トドメを刺してあげるよ……【風刃ウィンドカッター】」


 風の刃を放って、三匹の狼の頸部を切断する。

 狼の首から大量の血液が流れて出て地面に広がっていく。


(【雷球】は攻撃速度はかなり速いから、まったく使えないということはなさそうだな。もっと魔力の出力を上げたら威力も上がるだろうし……要鍛錬だな)


「ギイッ! ギイッ!」


「おっと……今度はお前らか」


 茂みの中から別のモンスターが現れた。

 子供くらいの体躯の緑の人型……ゴブリンである。

 狼にやられている仲間を助けに来たのか、それとも、血の匂いを嗅ぎつけてきたのか。

 錆びついたナイフのようなものを握りしめたゴブリンが、レストのことを睨みつけてきた。


「ギギイッ! ギギイッ!」


「君の仲間をやったのは俺じゃない。そんなに睨むなよ」


「ギッ!」


「それに……奇襲はバレているよ」


 レストがヒラリと横に跳ぶ。

 直後、背後から飛び出してきた別のゴブリンが、レストが先ほどまでいた場所に棍棒を振り下ろす。


「ギイッ!?」


「【気配察知】ができなかったら危なかったな。お返しだ!」


【身体強化】の魔法を使用して筋力を上昇させ、奇襲してきたゴブリンを蹴り飛ばす。

 最初に出てきたゴブリンを囮にして、レストを棍棒で殴り殺すつもりだったのだろうが……【気配察知】を持っているおかげで、レストは背後に回り込んだゴブリンの存在に気がついていた。

 蹴り飛ばされたゴブリンが吹っ飛んでいき、木の幹に衝突する。


「ギッ!」


「【水刃ウォーターカッター】」


 最初の一匹めがけて、水の刃を放つ。

 やられた仲間に背を向けて逃げようとしていたゴブリンが背中を斬られて倒れる。

 念のため、もう一発魔法を放って確実に絶命させた。


「フンッ!」


「ギ……イ……」


 木に衝突して倒れていたゴブリンにも追撃。

 魔法で肉体を強化した状態で、頭部を思いきり踏み砕く。

 頭蓋骨が砕けて、ゴブリンの頭が落とした卵のようにグチャグチャになる。

 かなりスプラッターな光景であったが……もう慣れた。

 ゴブリンは家畜を襲い、時には人間の子供を攫って食べるような魔物だ。同情なんてしてやらない。


「今度こそ、戦闘終了だな」


 周囲の気配を探るが、近くに魔物らしき気配はない。

 レストは狼の爪で裂かれた腕を魔法で治療する。


「【治療ヒール】」


 淡い緑色の光に包まれて傷が塞がった。

 この魔法もセドリックから教わったものではない。

 エベルン名誉子爵家に引き取られる以前、神殿の司祭に教わったものである。

 治癒魔法を教えてくれたのは、かつて赤ん坊だったレストに魔力診断をして『魔力無し』の診断をした司祭である。


『魔法で治せない病もあります。母君は女神の御許に召されたのです』


 司祭は何かとレストと母親のことを気遣ってくれており、母の最期をレストと一緒に看取ってくれたのも彼だった。

『魔力無し』であるはずのレストが魔法を使えると知ったときも、さして疑問に思うことなく、女神の思し召しだとあっさり納得していた。

さらに、【治療】と【浄化キュア】、【清浄クリーン】などの魔法を教えてくれたのだ。


『どれほど辛いことがあったとしても、女神はいつも見守ってくれています。どうか道を踏み外さないように正しく生きなさい』


(もしも彼と出会わなければ、この力をもっと短絡的に使っていたかもしれないな……)


 怒りに任せて、義母やセドリックを殺害していたかもしれない。母を傷つけて捨てた父親に憎悪を燃やしていたかもしれない。


(たぶん、復讐しようと思えばできるんだろうな。この魔力があればきっと……)


 五匹の魔物を魔法で討伐したというのに、レストの魔力は少しも目減りした感覚はない。

 やはり、レストは底無しに近い魔力を持っているのだろう。

 悪用しようと思えば、いくらでも悪用できる力である。


(でも……復讐なんてしたら、母さんや司祭様を悲しませてしまうかもしれない。それはやっちゃいけないよな)


 前世で誰かが言っていた……最大の復讐は幸せになることだと。

 暴力的な手段で復讐をするつもりはない。ただ、上を目指してやる。

 父親や義母、セドリックのことをギャフンと言わせる。

 犯罪などではなく、正攻法で。


(そのためにも……もっともっと、魔法を鍛えないとな!)


 レストは魔法で気配を探って、夜の森で魔物を探すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る