第7話 セドリックは嫌われている

 その森はエベルン名誉子爵家の屋敷から出て、すぐの場所にあった。

 魔物が棲みついているが、さほど強いものはいない。

 近隣の冒険者が日常的に出入りして間引きしており、レストも魔法の訓練のために狩ったりしているからだ。

 森の深部に入りさえしなければ、成人前の少年少女が足を踏み入れたとしてもそれほど危険はないだろう。


「よーし、行くぞー! 俺についてこい!」


 そんな森に五人組の男女が入っていく。

 先頭に立っているのは赤髪の少年……セドリック・エベルンだった。

 宮廷魔術師の父を持つセドリックは右手に短杖ロッドを手にしており、自信満々に森に足を踏み入れる。

 後に続いていくのはセドリックの友人である男子二人。いずれも交流のある下級貴族の子供だった。


 そして……二人の女子。

 金髪ポニーテールの少女と、銀髪ロングの少女である。

 どちらも年齢相応の幼さは残っているが、輝くような美貌の持ち主。

 男子三名と比べて明らかに品位があって、高貴な生まれであるように見える。

 当然である。

 彼女達は侯爵家の子女であり、男子三人よりもずっと格式の高い家の生まれなのだから。


「ヴィオラ姉さん……」


「大丈夫よ、プリムラ。私が付いているからね」


 金髪の少女の名前はヴィオラ。銀髪の少女の名前はプリムラ。

 二人はローズマリー侯爵家に生まれた双子の姉妹である。

 彼女達がエベルン名誉子爵家の屋敷を訪れていたのは、セドリックらと親交を図る目的だった。

 二人の父親であるローズマリー侯爵は宮廷魔術師の長官をしており、レストとセドリックの父親にとっては上司にあたる。

 上司と部下が同い年の子供を持っており、来年には同じ学園に入学する予定。

 ならば、今のうちに親交の時間を作ろうというのは自然な流れだった。


(セドリック・エベルン。すごい魔法の才能を持っているって聞いていたけど……人間としてはダメダメじゃない。私やプリムラに色目を使ってるのバレバレよ)


(セドリックさんってなんだか怖いです。私と姉さんを見る目が怖いですし、やたらと自慢ばっかりしてきますし。こんな人と仲良くなんてなれませんよ)


 しかし、そんな親交の結果として……セドリックはローズマリー姉妹から完全に嫌われていた。


 セドリックは父親から、どうにか姉妹のどちらかを口説いて親しくなるように言い聞かせられていた。

 宮廷魔術師の長官であるローズマリー侯爵の娘を迎えることにより、立身出世を目指しているのだろう。

 セドリック自身も美しい姉妹を一目で気に入っており、どうにか彼女達を自分のものにできないかと考えていた。

 セドリックが友人と姉妹を引き連れ、魔物が生息している森に出かけることを主張したのも、それが理由である。

 魔法を使って華麗に魔物を倒して、姉妹に良いところを見せようとしているのだろう。


「ギイ、ギイ」


「お、ゴブリンが出たな! よし、俺の魔法でやっつけてやる!」


 森を歩いていくと、さっそく魔物に遭遇した。

 子供のような体型で緑色の肌を持ち、髪の毛が一本も生えていない二本足の生き物。

 ゴブリンと呼ばれる最下級の魔物である。


「【火球ファイヤーボール】!」


「ギイイイイイイイイイッ!」


 セドリックが短杖を敵に向けて、魔法を発動させた。

 拳大の火の玉がゴブリンに命中し、小さな身体が炎に包まれる。

 ゴブリンは地面に倒れて藻掻もがき苦しんでいたが、やがて絶命して動かなくなった。


「ハッハッハ! ゴブリンごとき楽勝だな。一撃で倒してやったぞ!」


「流石はセドリック様! すごい魔法だ!」


「あんな魔法、俺達にはとても使えねえよ!」


「アハハハハハハハハハッ!」


 勝利したセドリックが丸焦げになったゴブリンの死体を踏みつける。

 得意げに笑っているセドリックを、男爵子弟である友人二人がもてはやす。


「「…………」」


 セドリックがチラチラと姉妹の方を窺うが……ヴィオラもプリムラもどこか冷めた顔をしている。

 セドリックの計算では……ここで姉妹が「素敵! 格好良い!」と自分に見蕩れる予定だったのだが、正反対の反応だった。


(姉さん、あの人って……)


(わかっているわ、プリムラ……彼は信用しちゃダメよ)


 姉妹が小声で会話をする。

 侯爵家の姉妹である二人は幼少時から打算や下心を持った目で見られることが多く、そうした邪念のある視線に敏感だった。

 二人とも、セドリックが自分達に良からぬ感情を持っていることをしっかりと感じ取っている。


(エベルン名誉子爵家とは関わらないようにって、お父様に伝えましょう。学園に入学してからも最低限の付き合いにした方が良いわね)


(魔法使いとしては優秀そうなんですけど……やっぱり、性格が怖いです。近づきたくありません)


 セドリックの姉妹に対するアピールは完全に裏目に出ている。

 弱い魔物を倒して調子に乗っているところも、死体を踏みつけて喜んでいるところも、姉妹には不快感しか与えていない。

 しかし、自分本位に生きてきたセドリックはそんなことには気がつかない。

 むしろ、アピールが足りないのではないかと森の奥を指差した。


「ゴブリンなんかじゃ練習台にもならないな! もっと奥に進んでみようぜ!」


「あの……いくらこの森が平和な場所でも、奥に行ったら多少は強い魔物がいるのでは?」


「そ、そうですよ。セドリックさん。さすがにこれ以上は……」


「ウルサイなあ! 弱い魔物なんていくら倒してもつまらないだろう!? 大丈夫さ、この天才魔術師である俺がいるんだからな!」


 セドリックは得意げに鼻を膨らませて、ズンズンと森の奥に進んでいってしまう。

 友人の男爵子息らも慌ててセドリックについていった。


「……姉さん、どうしましょう?」


「……まあ、彼の言い分にも一理あるわ。こんな森でそんなに強い魔物はいないから大丈夫よ」


 いくら気に入らない相手とはいえ、危険があるかもしれない場所に行くのを放置するのは良心が咎める。

 ローズマリー姉妹は生意気で無鉄砲な子供の面倒をみる保護者の気持ちになりながら、男子三人の後に続くのであった。

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