第163話 魔物肉は美味でした

「本当に美味かったよ……いや、マジで……」


 食事を終えて、レストが大きく溜息を吐いた。

 美味かった。すごく美味かった。

 食べたことはないが……A5ランクの和牛くらいに美味いステーキだった。


「まさか、あの化物があんなに美味だったとはな……驚いたぜ」


 すでに肉を提供した人間……ユーリからその材料について聞いている。

 まさか、サブノックの眷属の腐食獣があそこまで美味なステーキに変貌するとは思わなかった。


「魔物食……一部の美食家が好んでしているそうだけど、驚いたわね」


「はい……癖になりそうなくらいに美味しかったです」


 ヴィオラとプリムラも感嘆の吐息を漏らしている。

 料理中は酷く騒いでいた二人であったが、あの極上の肉には言葉を失ってしまう。


 この世界において、魔物の肉を食べる文化はあまりない。

 全くないわけではないのだが……魔物は毒がある物が多いため、一般的には広まっていない。

 それでも、一部の好事家が好んで魔物の肉を食べていると聞いたことがある。

 レストもまた、エベルン名誉子爵家にいた頃に食事に困った際、魔物を口にしたことがあった。


(美味い奴もあったけど……腹を壊したことも何度もあったな。おかげで【解毒】の魔法の練習になったよ……)


 苦い思い出を噛みしめつつ、プリムラが入れてくれた食後の紅茶に口を付ける。


「それにしても……ユーリはよくあの肉を食おうなんて思ったな。そっちに驚いたぞ」


「そうかな? 別に不自然なことではないと思うけど?」


 ユーリが不思議そうな顔で首を傾げる。


「私は昔から、美味しい物を探すのが得意だったんだ。カトレイア侯爵家では自由にさせてもらえずに行動範囲は狭かったが……よく花壇の花や木の根元にいた虫を食べていたものさ」


「……そ、それは侯爵令嬢としてどうなのかしらね?」


 ヴィオラが顔を引きつらせる。

 その横でプリムラも「うんうん」と頷いていた。


「邪獅子サブノックの眷属……『腐食獣』といったか。あの魔物も一目見た瞬間に思ったんだ。これは食えると」


「…………」


「だから、邪魔にならない量の肉を切り取って持ち帰ってきたんだが……こんなに美味しいのなら、全部持って帰ってくるべきだったね。ちょっとだけ後悔しているよ」


「そ、そうだな……同感だよ……」


 腐食の唾液を吐く魔物が、どうしてこうも美味なのか……本当に世の中というのは不思議なものである。


(まあ、人によっては蛇を食べたりもするらしいからな……ウナギやコンニャクだって加熱しないと毒だって話だし、偏見の目で見たらダメなのかもしれないな……)


 腐食獣は開拓を進めるうえで邪魔な魔物。

 できることならば絶滅させたい魔物なのだが……あそこまで味が良いのであれば、滅ぼすのがもったいなくなってくる。


「……念のため、全員に【解毒】の魔法をかけておこう。遅効性の毒って可能性もゼロじゃないからな、うん」


 ティータイムを堪能しつつ、レストは全員に治癒魔法を使っておいた。


「そういえば……レスト、開拓の方は順調なの?」


 ヴィオラが話題を変える。

 話の内容はレスト達の仕事。平原の開拓についてである。


「平原中央の調査を任されたと聞いたわよ。そこって魔境の長の住処だった場所でしょう?」


「危険はないんですか? 心配です、とても……」


 ヴィオラに続いて、プリムラも不安そうに言ってくる。

 レストは紅茶を一口飲んでから、肩をすくめた。


「ちっとも問題はないよ。拍子抜けしているくらいさ」


 強がりではない。

 サブノックに匹敵するとまでは言わないものの、それなりに強い魔物が出てくるかと思っていた。

 しかし、現れたのは強い物でも腐食獣まで。レストと仲間達で余裕で対処できるような魔物ばかりだった。


「まだ初日だから、油断はできないけど……この様子だと生い茂った草の方が強敵かもしれないな。よほど油断しない限りは大丈夫そうだから、心配はいらないよ」


「そう? それなら良いんだけど……」


「私達に手伝えることがあったら、何でも言ってください」


「ありがとう。何かあったらお願いするよ」


 レストは姉妹の好意を有り難く思いつつ、勢いを失っている焚き火を見下ろした。


「そろそろ、テントで休もうか。今日はさすがに疲れたよ」


「ええ、そうね。身体が凝っているのならマッサージでもしてあげようかしら?」


「わ、わたしもやりますっ! レスト様のマッサージ……!」


「へえ、楽しそうだな。私もやってあげようか?」


「……ユーリは勘弁してくれ。肩が潰されそうだ」


 そんなことを言いながら四人は立ち上がり、テントの中へと移動しようとする。


「今晩は……クローバー伯爵、さま……」


 しかし……そんなタイミングで声をかけられた。

 振り返ると、そこには数人の従者を引きつれた少女が立っていた。


「……お会いできて、光栄。です。夜、遅くに……ごめん、なさい……」


 緊張しているのだろうか。

 たどたどしい口調で話しかけてくるのは、紫の髪をボブカットにした少女である。

 背は低く、肉付きも薄く……体格からすると小学生くらいに見えてしまう。


「ああ、今晩は。えっと……君はいったい……」


「申し遅れた、です……」


 少女が胸に手を当てて、人形のように表情の乏しい顔でレストを見上げる。


「ウルラ・ラベンダー、です。ラベンダー辺境伯の孫、です……」


「ラベンダー辺境伯って……」


 東の国境を守護する大貴族の名前に、レストは大きく目を見開いた。

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