第162話 キャンプで食事をします
第二王子アンドリューへの報告を終えて、レストは自分に割り当てられたテントへと向かっていった。
伯爵であるレストには大きめのテントが与えられており、中にはベッドやテーブル、椅子などもある。
(ちょっとした、グランピング気分だよな……たまには、こういうのも悪くはない)
アンドリューがいるテントの近くのため、あちこちに兵士が巡回していて安全性も問題はない。
頼めば、すぐに食事だって用意してくれるだろうし……快適なキャンプになりそうである。
「あ、レスト。お帰りなさい!」
「お疲れ様です。レスト様!」
「ヴィオラ、プリムラ……どうしてここに?」
テントの前、簡素な椅子に腰かけて待っていたのはヴィオラ・ローズマリーとプリムラ・ローズマリー。
レストの婚約者でもあるローズマリー侯爵家の姉妹だった。
「応援に来たのよ。といっても……開拓に加わることの許可はお父様が出してくれなかったけれど」
「身の回りの世話などであれば手伝いに行っても良いと、こちらに来る許可を頂きました」
「ああ、なるほどな……」
「私もいるぞー。レスト」
二人の横に座っている少女がヒラヒラと手を振ってくる。
先ほどまで一緒に平原中央部の調査をしていた少女……ユーリ・カトレイアだ。
「ユーリまで……どうして、ここに?」
「いや、私のテントの周りに父の部下が見張っていたんだ。居心地が悪かったから、こっちに逃げてきたんだ」
「父って……カトレイア侯爵の?」
「ああ。また私を籠の鳥にしようとしているようだね。だけど……そうはいかない!」
ユーリが腕を組んで、ふくれっ面になる。
「家に戻れば、また部屋に閉じこめられることはわかっているからね! もう絶対に帰らないと決めたんだ!」
「…………」
「だから、今日はレストのテントに泊めてもらうことにした。良いだろう?」
「はい?」
どこに泊まると言ったのだ。
聞き返すレストであったが……ユーリは満面の笑顔で「ありがとう!」と言ってくる。
どうやら、レストの「はい?」を肯定の返事と受け取ったようだった。
「おいおい……マジでか」
「ハア……仕方がないわね」
「……本当に、今日は来て良かったです」
唖然とするレスト。ヴィオラとプリムラは呆れ顔であるが、友人であるユーリを追い返すつもりはなさそうだ。
正直、レストとしては婚約者でもない女性をテントに泊めるのは抵抗がある。
しかし、ユーリのことは友人として普通に気に入っているし、困っていたら助けてあげたいとは思っていた。
(まあ……しょうがないか。ヴィオラとプリムラもいることだし、絶対に間違いなんて起こらないもんな……)
「レスト、お腹が空いているだろう? さっそく、ご飯にしようじゃないか!」
ユーリが率先してテントの前で焚き火を起こして、食事の準備を始める。
「私は学園寮で自炊をしていたからね。こう見えても、料理は得意なんだ」
「……へえ、それは意外だな。得意料理とかあるのか?」
「肉を焼いた物と魚を焼いた物。それと野菜を焼いた物だな!」
「…………」
断言するユーリであったが……その回答だけで、彼女が決して料理上手でないことがわかってしまう。
ローズマリー姉妹に目配せをすると、すぐに頷き返してくる。
「わ、私も手伝うわね」
「私もです。やらせてください」
ヴィオラとプリムラが加わって、三人が焚き火を使って料理を始めた。
材料は下働きの人間に頼めば持ってきてくれる。
完成品の料理だって用意してくれるのだろうが……それを目の前の女子三人に指摘するのは野暮というものだろう。
(まあ、外でのクッキングもキャンプの醍醐味だもんな。邪魔しちゃ悪いか……)
「ゆ、ユーリさん! そこは包丁を使ってください!」
「ああ、問題ないよ。私の指はナイフよりも切れるから」
「せめて血抜きはしましょうよ! 血生臭くなるからね!?」
「虫はやめてください! 食べれても食べられないですからね!?」
「ちょ……それは何!? どこで採ってきたのその謎の生き物は!?」
「大丈夫大丈夫、さっき
「…………」
すごく不安になってきた。
戦々恐々として待つこと三十分。
レストの前に木皿に盛りつけられた料理が並べられる。
「こ、これは……」
スープパスタとサラダ、香草付きのステーキ……予想外にまともな料理が現れた。
料理からは食欲を誘う香辛料の匂いが立ち昇っており、胃が空腹を訴えてくる。
「美味そうだな……正直、何が出てくるかと思っていたんだが……」
「わ、私も驚きよ。あの材料でこんな物ができるなんて……」
「アレがこんなに美味しそうになるんですね……」
「あの材料?」
ヴィオラとプリムラが不審なことを言っている。
せっかく食欲が湧いてきたのに、スプーンを持つ手が固まってしまう。
「うん、美味しいよ。今日は大成功だ!」
一方で、ユーリがパクパクと食事を口に運んでいる。
とりあえず……本当に毒はなさそうだった。
「美味い……」
食べてみると、普通に……いや、普通以上に美味かった。
シチューも美味いが、何よりもステーキが破滅的に美味過ぎる。
おかしな点はどこにもない。肉はプリプリで柔らかく、口の中でプチプチと繊維が弾けてとろけるようだ。
まるで脂の乗った大トロである。正直、この世界で食べた肉の中でも最高級かもしれない。
「なあ……この肉、メチャクチャ美味いぞ。これは何の動物の肉なんだ?」
「…………」
「…………」
レストが訊ねると、姉妹から沈黙が返ってくる。
二人はしばらく黙っていたが……やがて、沈黙に耐えかねたかのように口を開く。
「ど、毒はないみたいよ。本当に」
「はい……食べられない物ではないと思います……」
「……コレ、マジで何なんだ?」
その肉の正体はユーリが平原から持ち帰ってきた『腐食獣』だったのだが、その恐るべき事実にレストが気がつくのは少しだけ先のこと。
後に世界七大珍味の一つに数えられる『サブノック・ミート』が初めて、人間の舌に載った瞬間である。
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