第161話 王子は一途に恋をする


「……クローバー卿。レスト・クローバー君は仕事が丁寧だな」


「ええ、あの方は拾い物の得難い人材のようですね」


 レストが天幕から出ていって、残されたアンドリューとリランダがそんな会話を始める。

 テーブルの上にはレストが書いた平原中心部の地形のスケッチがあった。

 芸術家のような絵心はそこにはないが……大地の盛り上がりや湿地の有無、魔物の巣がありそうな場所が事細かに記載されている。


「おそらく、魔法で上から見下ろしてスケッチしたのだろうが……うん、わかりやすく描かれている」


「それにしても……殿下、中心部の探索にユーリ・カトレイア嬢を参加させたのには、どのような意図があるのでしょう?」


 レストが持ってきたマップを眺めているアンドリューに、リランダがふと訊ねた。


「リュベース卿はわかります。アイシスさんも。アーギル卿とレイル神官も良いでしょう。しかし、ユーリ嬢を……カトレイア騎士団長の御息女を参加させたのは何の狙いがあるのですか?」


 ユーリ・カトレイアは騎士団長であるカトレイア侯爵の娘。

 おまけに……ごく一部の人間は知っているが、掌中の珠のように大切にしている箱入り娘である。

 その娘を開拓団に加えて、おまけに危険な任務を任せたとなれば……カトレイア侯爵から怒りを買ってしまいかねない。


「それは……まあ、本人が志願してきたからというのが理由の一つだね」


 アンドリューがテーブルから顔を上げて、苦笑しながら答えた。


「彼女……どうやら、クローバー卿のことを気に入っているらしい。彼の役に立ちたいからと開拓団への参加を求めてきた。もちろん、家のことは訊ねたのだが……父親とは関係ないと断言されたよ。色々と複雑な家庭のようだねえ」


「家出……ということですか?」


「おそらくね。彼女の参加動機はクローバー卿にあるようだから、彼に面倒を任せることにした。ユーリ嬢は内乱鎮圧にも参加していて、実力は十分だろうとわかっていたから。まあ、足手まといにはならないだろうと判断したわけさ」


「…………」


 アンドリューの言い分は一応、筋が通っている。

 通っているのだが……長年の付き合いであるリランダには、別の動機が透けて見えていた。

 しばし、疑念の眼差しを向けていると……アンドリューは諦めたように両手を上げる。


「……わかった。そんな目で見るなって……リランダには隠し事はできないな」


「殿下……」


「ユーリ嬢を遠ざけたい理由があったんだ。クローバー卿でも誰でも良いから貰って欲しかった。それが本音だよ」


 アンドリューは手の中でペンを弄びながら、うんざりしたように溜息を吐く。


「また、王宮で俺の婚約者を決める話が出ているんだ。平原を開拓して広大な領地を持つことになるのだから、そろそろ身を固めるべきだってね。そして……その婚約者候補の一人として、ユーリ嬢が上がっている」


「殿下とユーリ嬢が……臣籍降下する王子と侯爵令嬢。確かに、格は釣り合っていますけど……」


「格だけはね。気持ちはまるで合っていないよ」


 アンドリューがテーブルにペンを投げ落として、珍しく怒りの表情になる。


「ローズマリー侯爵家の姉妹に婚約者ができて、セレスティーヌをクローバー卿の鎖に使うように誘導して……これでしばらくは大丈夫だと思っていたのに、今度はユーリ嬢だ! 正直、うんざりさせられるよ。こっちはその気はないっていうのにな!」


「…………」


「知っているだろう? 俺の愛する人はたった一人だ。それ以外の人間との結婚なんてもってのほかだね!」


「……王族にとって、政略結婚は義務でしょうに。陛下の申し出通りに妻をもらっておいて、裏で愛人を囲うという手もありますけど?」


「冗談、真っ平ごめんだ!」


 アンドリューが汚らわしいとばかりに大きく舌打ちをする。


「俺は一人の相手をじっくりと愛するのが趣味なんだ。二人を同時に愛せるほど器用じゃない……それは君だってよく知っているはずだ!」


「…………」


 熱弁する主人から、リランダがそっと視線を逸らす。

 アンドリューの気持ちはよくわかっている。痛いほどに。

 けれど……その思いが父王に認められることがないことも、嫌になるほどわかる。


「……今日の話はこれくらいにしておきましょう。私はこれで」


「ん? ああ、ご苦労様。ゆっくり休むように」


「はい、失礼します……」


 リランダが頭を下げて、アンドリューの前から辞す。

 そのまま天幕から出ようとして……外から入ってきた男とぶつかりそうになった。


「おっと、悪いな」


「ごめんなさい、ユースゴス」


 入ってきたのは、生徒会書記であるユースゴス・ベトラスだった。

 リランダとは長い付き合いの友人にして、共にアンドリューに仕えている同僚である。


「リランダ、戻るのか?」


「ええ、もう夜になったもの。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 二人が簡単な挨拶を済ませて別れる。

 リランダと入れ違いに、ユースゴスがアンドリューの天幕に入っていく。


「戻りました。アンドリュー殿下」


「やあ、愛しい人マイハニー。待っていたよ!」


 アンドリューが嬉しそうに言って、椅子から立ち上がる。

 そのままユースゴスに近寄っていき、熱い抱擁を交わした。


「で、殿下……いきなりですな」


「仕方がないだろう。ずっと待っていたんだ……心配せずとも人払いはしている」


「殿下……」


「ユー……」


 アンドリューの愛は父親や兄に認められることはないだろう。

 その理由を知っているのは、リランダを含めたごく少数の人間だけなのであった。

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