第160話 王子に報告します

 中心部の調査を終えたレスト達は平原の入口まで戻った。

 入り口に設置された開拓団の本部に戻った頃には、すでに日が沈む時間になっていた。

 開拓に参加している大勢の人間がテントを張ってキャンプをしており、鍋で食事の煮炊きをしている。


「少し、人が増えたかな?」


 レスト達が調査開始のために出発した時よりも賑やかになっている。

 後から増援の人材が駆けつけてきたのだろうか?


「それじゃあ……俺はアンドリュー殿下に今日の調査について報告をしてくる。とりあえずは解散ということで」


「ああ、先にテントで休んでおこう」


「お疲れ様。明日もよろしく」


 仲間に解散を告げると、ユーリとアイシスがねぎらいの言葉を返してくれる。


「…………」


「それでは……」


「失礼します」


 リュベースは無言で去っていき、アーギルとレイルも簡単な会釈を残して去っていった。


 レストは一際大きな天幕に向かう。

 入口に立っていた護衛らしき兵士に来訪を伝えてもらい、許可を貰ってから中に入る。


「失礼します」


「ああ、クローバー卿。戻ったみたいだね」


 レストが天幕の奥に入ると、そこには開拓団の総指揮であるアンドリューがテーブルについていた。

 その隣には生徒会の会計であるリランダ・マーカーの姿もあり、肩を寄せ合って書類仕事をしている。


「フム……?」


(この二人、やけに距離が近いような……?)


 リランダはアンドリューの側近らしいのだが、ただの上司・部下とは思えないような親密な距離だった。


(そういえば……アンドリュー殿下にはまだ婚約者がいなかったな……)


 王族であれば十歳になる前に婚約者を決められることもあるというのに、アンドリューの婚約者はいまだに発表されていない。

 兄王子の地位をいたずらに脅かさないようにとの意図があるのだろうが……もしかすると、他にも理由があるのかもしれない。


(馬鹿王子のローデルと違って、アンドリュー殿下には悪い噂も聞かない。有力な婚約者がいれば王位も狙えるかもしれないが……本人もそれを嫌がって、あえて婚約者を作らないでいるのかもな)


 あるいは、側近の女性と身分違いの恋をしているのではないか。

 そんなことを邪推しつつも、レストは表情に出すことなく任務報告に移る。


「平原中心部の調査ですけど……とりあえず、今日は無事に終わりました。参加してくれた人間に怪我もありません」


「そうか、それは良かったよ」


「はい、こちらが平原中心部の大まかなマップになります」


 レストは地形のスケッチを差し出して、平原中心部で見聞きしたことについて報告をする。

 濃厚な魔力を吸って異常成長した草木が生えていたこと。

 それにより気配を察知する魔法が機能しなかったこと。

 むせ返るような魔力のせいで体調不良を起こしている者がいたこと。

 サブノックの眷属である邪獅子が少なからず残っていたこと。


「……なるほど」


 一通りの報告を受けて、アンドリューは顎に手を添えて考え込む。


「魔境の中心。やはり一筋縄ではいきそうにないな。魔力は結界の魔方陣を設置しなければ無くならないかな?」


「おそらくは。魔方陣に魔力を吸わせれば多少はマシになると思います」


「うん、了解した。王宮に手配して結界術に長けた人間を送ってもらうとしよう……クローバー卿は引き続き魔境中心部の調査。それに魔物の間引きを行ってくれ」


「わかりました」


「魔力の草木もどうにかしてくれると助かるよ。右も左もわからないのでは本格的な開拓の障害になるからね」


「善処しますよ……それにしても、キャンプ地に人が増えたようですね?」


「ああ、後からやってきた人間がいるからな。辺境の貴族も応援をよこしてくれた……まあ、『貸しを作ろう』という意図が透けて見えていたがね」


 アンドリューが皮肉そうに肩をすくめる。

 魔境開拓。切り拓かれるフロンティア。

 そこには多くの利権があり、おこぼれに預かろうという人間が少なくない。

 人材を送り込んで、その見返りとして利権の一部をかすめ取ろうとしている人間もいるのだろう。


「どうせ、土地は嫌というほど余っているんだ。活躍してくれるのならば分け前は与えるが……ろくに働きもしないのに分け前を奪おうという人間もいるのには困らされるよ」


「それはそれは……お疲れ様です」


「もしかすると、クローバー卿にも絡んでくる人間がいるかもしれない。私の名前を出しても良いから、適当にあしらってやるといい」


 レストはすでに伯爵である。

 絡んでくる人間はそうもいないだろうが……どこの世界にも馬鹿はいるものだ。

 新興の伯爵。平民上りの若造の出世を妬んで、余計なちょっかいをかけてくる人間も出てくるかもしれない。


「わかりました。その時は、お名前をお借りしますよ」


 レストは苦笑すると、頭を下げてアンドリューの天幕から出ていったのであった。

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