第159話 腐食獣と戦います

 邪獅子サブノックは百年以上にもわたり、魔境である平原の生態系の頂点に君臨している巨獣である。

 その眷属である腐食獣もまた、サブノックほどではないがもちろん強い。

 現れた腐食獣は五匹ほど。回復役のレイル神官を除いたこちらの人数と釣り合っている。

 仲間を殺されたからか、それとも住処の平原を焼かれたからか……怒りの咆哮を上げて襲いかかってきた。


「みんな、気をつけろ!」


 レストが仲間達に警戒を呼びかける。

 リュベース以外の四人にとっては、初見の敵である。


「コイツらの唾液には腐食の毒がある! わずかでも喰らってしまえば致命傷だ。迂闊に近づくな!」


「承知!」


 肯定の返事をしながらも、リュベースが地面を蹴って飛び出した。

 近づくなと言ったにもかかわらず……腐食獣の一体に接近する。


「GYAO!」


「遅い」


 腐食獣が迎え撃とうとするが、その時にはすでにリュベースは攻撃を終えていた。

 目にも止まらぬ速度の斬撃が腐食獣の長い舌を寸刻みにして、続いて前足が切断される。


「GYA……」


「終わりだ」


 そして……バランスを崩したところで最後の一閃。

 腐食獣の首が切断されて地面に落ちる。

 リュベースにとっては二度目の交戦であったが、まるで寄せ付けることのない圧倒的な勝利である。


「えいっ!」


「GYAAAO!?」


 その一方で、ユーリが足元の石を蹴って別の腐食獣にぶつけている。

 蹴られた石が弾丸のような速度で飛んでいき、腐食獣の頭蓋骨にめり込んだ。


「トドメっ!」


「GY……!」


 腐食獣が怯んで動きが鈍ったところで、ユーリが一気に距離を詰めた。

 死神の鎌のような蹴撃が腐食獣の身体を真っ二つに斬り裂いて、敵を絶命させる。

 身体強化系統の魔法を使った様子はないのに、とんでもない脚力である。

 もしもアレがサッカーボールだったら、キックの瞬間にボールが破裂していたに違いない。


「【雷砲】!」


 アイシスの戦い方は基本的な魔法使いのそれである。

 即ち、強力な魔法を放った遠距離攻撃。

 距離を取り、安全圏から敵を近づけることなく魔法を撃っている。

 あえて電撃の攻撃を選んだのは、相手を痺れさせて動きを鈍くさせるためだろう。

 腐食獣は一撃目を耐えることができても、二撃、三撃と喰らうと堪らず倒れてしまった。


「オオオオオオオオオオオオッ!」


 接近してきた腐食獣を迎え撃っているのは、ここまで目立った活躍のないベテラン騎士……アーギルである。

 大丈夫かと心配になるレストであったが、アーギルは腐食獣が飛ばしてきた腐食の唾液を危なげなく回避して、魔力を込めた斬撃を放つ。


「【空斬】!」


「GYAO!」


 斬撃に乗せられた風の魔法が腐食獣の顔面を斬り裂いた。

 腐食獣はそれでもまだ生きていたが……二発目、三発目の斬撃が命中する。


「フッ!」


 そして……相手が弱ったところにトドメの一撃。

 距離を詰めて、腐食獣の首の後ろ……生命維持の中枢である延髄を刺突で貫いで完全に命を絶つ。

 これまでの調査ではまったく出番はなかったのだが、戦いに参加してみると普通に強い。

 ベテランの騎士というのは嘘ではないようだ。


「GYAO!」


 最後に残った腐食獣がきびすを返して、逃げ出そうとする。

 仲間達がやられて自分だけになり、さすがに勝てないと判断したようだ。


「……まあ、判断としては悪くはないな」


 獣にしては賢い判断である。

 当然ながら、逃がすつもりはないのだが。


「【天照】」


「GYAッ……」


 逃げる腐食獣の尻に向かって光線を撃った。

 レストとて、何もせずに仲間の戦いを観察していただけではない。

 そうしているうちにも……周囲の光を暗黒星に吸収させて溜めていたのである。


(今回はちょっとやり方を変えて、吸収する光の量をセーブしてみたんだが……この程度の敵であれば余裕で倒せるみたいだな)


 レストが放った光線は腐食獣の尻から頭までを真っすぐに貫いて、一撃で命を奪った。

 完全に真っ暗になってしまえば仲間にも迷惑をかけてしまうと思い、今回は少し薄暗くなる程度に光の吸収量を抑えた。

 その分、集まる光のエネルギーは小さくなるが……多少、時間をかければ敵を倒せるのに十分な量を確保できる。


「うん、問題ないな。戦闘終了だ」


 敵の増援が出てくる様子はない。

 本日最後の戦いが無事に終了したようである。

 レスト、リュベース、ユーリ、アイシス。それにアーギルも戦闘能力は十分。

 よほどの油断をしない限り、今後の調査も危なげなくやり遂げることができるだろう。


「……お、お疲れ様です」


 唯一、神官のレイルが居心地悪そうにしているが……誰も怪我をせずに戦いを終えたのだから、許してもらいたいものである。

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