第130話  反乱王子は気鬱する

 一方、反乱軍の本陣では。

 そこには反乱軍の旗印であるローデル・アイウッド第三王子、そして実質的な指揮官であるアイガー侯爵の姿があった。

 陣幕が張られた本陣の中では、衝突前の最後の軍議が開かれている。


「さて……ローデル殿下。いよいよ、貴方様が王となられる時がやってきましたぞ!」


 陣幕が張られた陣地の中、椅子に座ったローデルの前でアイガー侯爵が熱弁する。


「王太后陛下の血を引きながら才覚をまるで持たない愚劣な王、そして偽りの王太子の時代もこれで終わり! ここで敵を打ち破り、そのまま王都まで攻め上がりましょうぞ!」


「……そうだな」


 狂気すら感じる熱を込めて話すアイガー侯爵に、ローデルは暗く沈んだ眼差しで答えた。


(この戦いに勝利すれば、私が王太子となる。アイウッド王国の国王に……お祖母様の願ったように……)


 望みが叶う。

 大願が成就しようとしている。

 それなのに……不思議なほどに気分が昂らない。

 あの場所から……サブノック平原から生存してから、ずっとこうだった。


(ゴウラ……トニー……)


 頭に浮かぶのは、側近として幼少時より一緒だった二人の顔である。


 ゴウラは実直な男だった。

 正直者で嘘が付けないタイプであり、頭を使うのが苦手で何もかも力ずくで解決しようとする

 トニーは小物だった。

 気が弱いくせにローデルとゴウラが傍にいる時だけ強気になって、威張り散らしている。

 口が達者でお世辞が上手く、不思議と憎めない男だった。


 彼らが死んでから、ローデルは腹の中に大きな石が入っているように重苦しい気分になっている。


(私は選ばれた男ではなかったのか……偉大なる王太后の孫であり、あの御方からいずれ王になるべく英才教育を受けた天才。誰よりも強い魔法使いであり、いずれはアイウッド王国を……否、大陸を統一するような偉業を成し遂げる人間だったはずなのに……)


 かつて、ローデルは何をするにも自信満々だった。

 背中に翼が生えているかのように……どこまでも飛んでいける。

 そんな万能感が常にローデルの胸を満たしていた。

 それなのに……側近でもあった友人達を亡くしてから、すっかり自信を失っている。


 ローデルが傲慢な自信家でいられたのは、きっと挫折を知らなかったからなのだろう。

 有力者である王太后から溺愛され、甘やかされて。

 王太后が亡き後もアイガー侯爵を始めとした支持者に守られて。

 周りにいる人間はイエスマンで、ローデルを諫める人間はいない。

 なまじ魔法の才能があったのも、かえって良くなかった。

 国王や王太子がさほど魔力が多くなかったこともあり、彼らから諫められても『弱者の妬み』として流していた。


 だが……そんな中で、サブノック平原では決定的な挫折を経験してしまった。

 無謀な特攻から、信頼していた側近を失ってしまったのである。

 全肯定の太鼓持ち二人を無くして、ローデルは初めて自分が間違ったことをしてしまったのだと後悔していた。


(平原では、押し寄せる魔物によって多くの生徒達が命を落としたという……私のせいで。私がサブノックを呼び起こしたせいで……!)


 それまで、ローデルは周りを顧みるような性格ではなかった。

 もしも、魔獣サブノックにローデルが勝利していたのであれば……あるいは、いくら人が死んでも「必要な犠牲だ」と笑い飛ばすことができたものを。

 敗北して、何の成果も出せずに犠牲だけを出してしまい……生まれて初めて、罪の意識が芽生えてしまったのかもしれない。


「……敵は十万。こちらよりも多いぞ。本当に勝てるのか?」


 そんな弱気な発言が出てしまったのも、自信が打ち砕かれたためである。


「ご安心くだされ。確かに数は劣っていますが……戦で重要なのは兵士の質です。有象無象がいくら集まったところで、物の数ではありませぬ」


「……そうか」


「それに……我々には、心強い協力者がおりますので!」


 アイガー侯爵が陣地の隅にいる人物に目を向けた。


「…………」


 ローデルに無言で会釈をしてきたのは、黒いフードを深々と被って顔を隠している人物である。

 地面に敷いた布の上に胡坐をかいて座り、軍議に混ざることもなく黙り込んでいた。


「そちらの御仁は側妃様の故郷である帝国より、援軍として駆けつけてくれた御方です。ローデル殿下の後ろには王太后陛下の御威光だけでなく、ガイゼル帝国がついております。負けるわけがありませんぞ!」


「…………」


 アイガー侯爵が目を妖しく輝かせて、断言する。

 以前であれば頼もしく思ったその言葉を、ローデルは不思議と恐ろしく感じた。


(この男の目は私を見ていない。私に向けられながら、そこに映っているのはお祖母様だけだ……)


 アイガー侯爵が仕えているのは自分ではなく、あくまでも王太后であると気づいてしまった。

 アイガー侯爵だけではない。この陣幕の中にいる人間……王太后派閥の貴族達はみんなそうだった。

 すでに死んだ王太后に心酔しており、ローデルのことも、現実すらも見ていない。


「侯爵様、兵士の準備が整いましたぞ」


「おお、それでは……さっそく突撃だ!」


 アイガー侯爵はローデルの指示を仰ぐことなく、兵士達を突撃させるべく命じた。

 高々とラッパの音が吹き鳴らされる。出陣の準備を告げるラッパである。この音がもう一度鳴らされると、全ての兵士が敵に向かって突撃する。


「さあ、参りましょうぞ! 全ては偉大なる王太后陛下の御為。この世に王道楽土を築くべく、王都まで攻め上がり……」


 再び演説をするアイガー侯爵であったが……途中で言葉を止める。

 唐突に、周囲が暗くなったのだ。

 日が翳り、薄闇が落ちる。まるで皆既日食でも起きているかのように。


「…………?」


「おい、何事だ!」


「わ、わかりません……急に回りが暗くなって……」


 突撃しようとしたところで、冷や水を浴びせられた。

 陣幕の内も外も困惑の声で満ちており、兵士を突撃させるところではなかった。


「不味い……!」


 そんな中、急に黒ローブの人物が立ち上がった。

 慌てた様子で陣幕をめくって外に出ようとして……直後、眩い光が外から押し寄せてくる。


「あ……」


 悲鳴を上げる暇すらなかった。

 王国軍から放たれた魔法の光が、本陣の前にいた兵士もろともローデル達を呑み込んだのである。

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