第131話 反乱王子は決意する

「う……ぐ……私は、生きているのか……?」


 何が起きたのかわからなかった。

 突如として、目を焼くような閃光がローデル達のいた本陣を襲った。

 実際には、目だけでなく本陣そのものが焼けてしまっている。陣地の前に構えていた兵士もだ。


 陣幕が焼け落ちた本陣のあちこちに人が倒れている。

 いずれも王太后派閥の貴族。一応はローデルの支持者だった。


「チッ……とんでもない魔術師がいたものだな……」


「お前は……?」


 ローデルがチカチカとする目で周囲を窺うと……一人の男がローデルを庇って、立ちふさがっていた。


「お前は、帝国の……?」


 帝国から送り込まれた援軍のリーダー。顔も名前も知らぬ黒フードである。


「今のは光の魔法なのか? いや、直前に周囲が暗くなっていたな。太陽光を集めて、レーザー……ソーラーレイとして射出する魔法と思われる。光属性の魔法というよりも、重力レンズでも生み出しているのかもしれないな……」


「何を、言って……?」


「明らかな戦略級の魔法。こんな魔法は賢人議会の魔法名鑑にも記載されていなかったはず。新種の魔法を生み出した賢者級の敵がこの国にいるのか……クソッ、予想外だ!」


 黒フードはローデルの言葉に反応すらしない。

 忌々しそうに舌打ちをして、傍に倒れている男の身体を蹴りつけた。

 それは反乱軍の実質的な指揮官……アイガー侯爵だった。


「う……」


「おい、起きろ! さっさと立て!」


「ぐ……あ……私は、ううっ……」


「いいから、さっさと兵士達に指示を出せ! すぐにでも敵が突撃してくるぞ!」


「い、痛い……早く、手当てを……」


「チッ……」


 黒フードが大きく舌打ちをして、アイガー侯爵の胸ぐらを掴んで強引に引き起こす。


「痛ッ……!」


「命令だ……『兵士に指示しろ』『敵を迎え撃て』」


 黒フードの男の手から妖しい紫の靄が出て、アイガー侯爵の耳の中に吸い込まれる。

 すると、先ほどまで悶絶していたアイガー侯爵の顔から苦悶の表情が消えて、スクッと自分の力で立つようになる。


「……承知した。兵士に命じて敵を迎え撃つ」


 アイガー侯爵が本陣の外に出て、動揺している兵士に敵兵を迎え撃つように指示を出す。

 その頃には、外から戦いの音と怒号が聞こえてくる。

 どうやら……指示を出すのがわずかに遅く、敵兵が突撃してきたらしい。


「……後手に回ってしまったな。これで勝てるか? いいや、無理だな。民兵は今の一撃で恐れをなして、逃げてしまっただろう。金や略奪目当ての連中もか。まともに戦える兵士は半分もいれば多い方だな」


「お、おい! お前、何を言って……早く私の怪我を治療しろ!」


「ハッ……!」


 黒フードの内側で、男が嘲笑うような声を漏らす。


「軽い神輿の分際で騒ぐなよ。同志である『彼女』の意志に従って担いでやったが……もうここまでだ」


「な、に……?」


「決着はすぐにつくだろう。アイウッド王国をこれ以上、削ることはできそうもない。だが……王国の切り札を一枚めくることができたんだ。お前の存在も無駄じゃなかったよ。お疲れ様」


「…………」


「おそらく、アレも転生者の仕業か……彼女のように同志になってくれるのであれば心強いが、『天帝』の二の舞になるのであれば始末せねばならない。ああ、まったく! 先が思いやられるなあ!」


「グアッ……!?」


 一人で騒ぐだけ騒ぐと、黒ローブがローデルを踏みつけた。


「帝国はこれ以上、お前のことを支援しない。名前と血筋だけの傀儡くぐつめ。処刑か討ち死にか、あるいは自害か……俺の目の届かない場所で好きなように死んでくれ。それじゃあな」


 黒ローブの姿がかき消える。

 転移魔法。現代の魔法技術ではほぼ不可能であるといわれている奇跡が、ローデルの目の前で実践された。

 ローデルはしばし呆然としていたが……やがて、唇を震わせてつぶやく。


「軽い……傀儡……?」


 それは自分のことを言っているのか。

 アイガー侯爵も他の配下も、帝国からの援軍も……誰もローデルのことなど見てはいなかった。

 軽んじられている。馬鹿にされている。

 ローデルの中に残った最後の一握りのプライドが、太い針で突かれたように痛んだ。


「……このまま……終わって堪るか」


 自分は王太后の孫ではない。神輿でも傀儡でもない。

 ローデル・アイウッドという一人の人間なのだ。

 それを見せつけずして、利用されたままで死ねるものか。


「グ、ウウウウウウウウウ……!」


 ローデルは痛みを堪えて、起き上がる。

 身体強化によって無理やりに身体を酷使して、どうにか立ち上がる。

 ローデルは治癒魔法が不得意だ。才能がなくて覚えられなかったのではなく、積極的に学ぶつもりがなかったからである。

 誰よりも優秀な自分が怪我なんてするわけがない。他人の傷を癒すために魔力を使うつもりもない。

 そんな傲慢だった頃の自分を恨みながら、それでも時間をかけてどうにか傷を塞ぎ、立ち上がって戦場を見据える。


「やって、やる……刻みつけてやる……!」


 ローデルは愚者だったが……それでも、どんな馬鹿でも理解できる。

 この戦争は負け戦だ。敗北は時間の問題である。

 それでも、何もせずに座して死を待つつもりはない。

 己の存在を一人でも多くの人間に刻みつけてやる。

 王太后の孫ではない……ローデル・アイウッドという男の名を。


「待っていろよ……待っていろ……!」


 ローデルは身体を引きずるようにして、戦場に向かってゆっくりと歩いていった。

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