第53話 セドリックを叩きのめします


 レストとセドリックが移動してきたのは、かつて魔物と戦闘する訓練をしていた森である。

 セドリックがローズマリー姉妹を連れ出し、危険な目に合わせた場所でもあった。


「うおおおおおおおッ!」


 獣のように吠えながら、セドリックが【身体強化】を使ってレストに襲いかかる。


「遅いよ。呆れるほどにね」


「グアッ!?」


 レストもまた魔法によって筋力を増加させ、セドリックの顔面を殴りつける。

 セドリックの【身体強化】はそれなりに見事なもの。試験には不合格だったようだが、天才などと持て囃されていただけのことはある。


「だけど……格闘センスも対人戦闘経験もまるでなってないな。先生に弟子入りする前の俺よりも酷い」


「こ、このっ……!」


「呻いている暇があったら、さっさと体勢を整えろ。それと【身体強化】が解けているぞ」


 言いながら、ローキックでセドリックの脛を打つ。


「痛っ……!?」


「はい、もう一発顔面」


 怯んだ兄の髪を掴んで引き寄せる。顔面に膝蹴りを叩きこんだ。

 鼻血が噴き出し、折れた歯の破片が飛ぶ。

 今度は胸ぐらを掴んで、背中から地面に叩き落とした。


「グゲエッ……!」


「対人戦闘を勉強したから改めて思うけど……セドリック、お前って本当に弱かったんだな」


 魔法の才能は同年代でもっとも高いと噂されているが……それだけだ。

 体術はまるでなってないし、魔法の発動速度も遅い。

 正直、このまま【身体強化】だけで押し勝つことができそうなくらい実力差があった。


「テ、テメエ……ゴミカスのくせに……!」


「【治癒ヒール】」


「なっ……!」


 悔しそうに呻いているセドリックに治癒魔法をかけて怪我を治す。

 レストの行動の意味が理解できなかったのだろう。セドリックが眉間にシワを寄せて噛みつくように叫ぶ。


「テメエ……舐めてんのか!? お前みたいな出来損ないが俺に同情なんてしてんじゃねーぞ!」


「同情? 違うね、間違っているよ」


 レストが冷笑して、次の魔法……【火球】をセドリックにぶつける。


「ガハッ!」


「これは慈悲なんかじゃない。俺がやられたことを全部やり返したら、多分、すぐに死んじゃうからね。だから、治しただけさ」


 再び治癒魔法をかけて、セドリックを回復させる。


「やられた、こと……?」


「七十五……これが何を意味する数字かわかるかい、セドリック」


「…………?」


 セドリックの顔に疑問符が浮かぶ。

 予想通り、やはりわからなかったようである。


「エベルン名誉子爵家に引き取られてから、ローズマリー侯爵家に仕えるようになるまで……四年間で君が俺に向かって撃った魔法の種類だよ」


 そして、同時にセドリックが教えてくれた魔法の種類でもある。

 魔法を覚えるたびにレストで実験をしてきたおかげで、随分と使える魔法が増えたものだった。


「なっ……!」


「どれで何回攻撃されたのかまでは覚えていないけど……俺って意外と根に持つタイプなんだよ。やられたことはキッチリお返しするよ」


「グフウッ!」


 続いて、【土球サンドボール】の魔法でセドリックの腹部を痛打する。

 セドリックがその場にうずくまり、ゲホゲホと胃の内容物を吐き出した。

 吐いているセドリックを治癒して、次の魔法の準備に入る。


「さあ、立ちなよ。まだ七十三種類も残っているんだ。夜が明ける前に終わらせよう」


「やめっ……」


「【水球ウォーターボール】」


「グエッ!」


 その後、レストは時間が許す限り、魔法を使ってセドリックを攻撃した。


【火球】

【土球】

【水球】

【風球】

【雷球】

【毒球】

【火刃】

【水刃】

【風刃】

【土刃】

【火槍】

【風槍】

【土槍】

【水槍】

【破裂】

【爆裂】

【風操】

【石弾】

【水葬】

【毒化】

【魔弾】

【泥弾】

 ・

 ・

 ・

 セドリックが苦悶の声を上げるだけの人形となってしまった頃、ようやく七十五種類の魔法による攻撃が終わった。


「……報復というのは意外とスッキリしないものだね。正直、途中から面倒臭くなっていたよ」


 これまで散々やられたことをやり返したわけだが……別に楽しくなんてなかった。

 弱い奴をいくら苛めたって得られるものはない。

 途中からただの作業になり、機械的に魔法を発動させてセドリックを攻撃していた。


「まあ、あの家に別れを告げる儀式にはなかったかもしれないね。おかげでエベルン名誉子爵家のことを忘れて、新しい自分として前に進むことができそうだ。君はさび落としくらいには役に立ったよ。ありがとう」


「…………え」


「……ん?」


「許さ、ねえ……ぜったいに……何があっても絶対に、復讐してやる……」


「…………」


 地面に転がりながらも、セドリックが憎々しそうにレストを睨みつけてくる。

 あれだけ痛めつけたというのに、まだ恨み言を口に出す元気があるとは……ある意味では、称賛に値する人格破綻者だった。


「お前、だけじゃねえぞ……俺を袖にしやがった、あの女達も一緒だ……」


「あの女……ヴィオラとプリムラのことか?」


 確認すると、セドリックが腫れてブクブクになった顔でニチャリとわらう。


「あの、女ども……二人とも、拉致って踏みにじってやる……絶対に、幸せになるなんて許さねえ……グチャグチャのボロ雑巾になるまで、犯してやる……!」


「…………」


「お前が……いくら守っても、無駄だ……オレは、絶対にアイツらを犯す……テメエのせいだ、お前みたいな出来損ないがいたから……!」


「……もういい。黙って」


「ウップ……!」


 魔法で生み出した水を顔面に浴びせて、強制的に黙らせる。

 本当に……お前は天才かと呆れてしまう。


「ここまで俺を不快にさせることができるなんて、もはや天性の才能だよ……これくらいで許してやろうって気が完全に消えた」


 そもそも、セドリックが学園の入学試験に落ちた時点で気は晴れていたのだ。

 セドリックの方から襲ってこなければ、こうして痛めつけることもなかっただろう。


「だけど……お前はヴィオラとプリムラのことを出した。俺達の問題に彼女達を巻き込もうとしている……!」


 セドリックの企んでいるような復讐が成功するかどうかという問題ではない。

 レストの前で、ローズマリー姉妹の名前を出したことが万死に値するのだ。


「ヒャヒャヒャ……ざまあ、みやがれ……震えて、眠りやがれ……!」


「お前がな」


「へ……?」


 レストが右手を掲げた。

 その掌の先に黒い球体が出現する。

 光を一切反射することのない黒の球体。

 まるでダークマターが物質化したかのような、どこまでも深く淀んだ暗黒星。


「な、んだ……それは……なんの、魔法を……!」


 底無しの恐怖を喚起する暗黒星を前にして、哄笑していたセドリックの顔面が歪む。

 地面を這って逃げようとするが……もちろん、逃がすつもりはなかった。


「【拘束】」


「ヒギイッ!」


 魔力の鎖によってセドリックを縛りあげて、その場に留まらせる。

 そして……右手の先に浮かんだ暗黒星を見上げた。


「魔法使いにとって最高の栄誉とは何か……わかるかい、セドリック」


「なに、が……」


「わからないのなら教えてあげよう。宮廷魔術師に任じられることじゃない、貴族になることじゃない……魔法使いにとっての最高の栄誉は『新魔法の開発』だよ」


 顔を引きつらせるセドリックへ、レストが淡々と告げる。


「この世界に公式発表されており、『魔法名鑑』に記されている魔法は千と七つ。開発者の名前も魔法式と一緒に魔法史に残されている」


 この世界には『賢人議会』と呼ばれる組織があった。

 国家を超えた超法規的な集団であり、メンバーはいずれも国を動かせるほどの魔法使いばかり。

 賢人議会によって『新魔法』と選定される新しい魔法を生み出すことこそが、魔法使いにとっての至高のほまれなのだ。


「もしも新魔法を生み出すことができれば、子爵どころか伯爵以上の地位を国王陛下が与えてくださるだろうね……もっとも、そんなレベルの魔法使いはこの国に十年以上も現れていないけど」


 宮廷魔術師という国一番の魔法使い達が束になっても、新魔法を開発することは困難なのだ。

 中途半端な魔法であればいくらでも作れる。

 しかし、既存の魔法を超えるレベルの新しい魔法を生み出すことは不可能に近く、世界的に見ても、賢人議会が新魔法と認める魔法が現れるのは五年に一度ほどだった。


「でも、まあ……憧れるよな。やっぱり。だからさ……ローズマリー侯爵家に引き取られてから、どうにか俺も新しい魔法を作れないか試してみたんだ」


「…………!」


「そして……出来たのがコレだよ」


 レストが暗黒星を見上げて、皮肉そうに笑う。


「どうにか思い描いた通りの効果がある魔法が作れたのは良いけど、ハッキリ言って欠陥品だね。こうやって維持しているだけで莫大な魔力を消費する。燃費が悪くって仕方がないよ」


 この魔法が賢人議会に認められて、魔法名鑑に記されることはないだろう。

 千の魔力を消費して一の効果を発動させるような、不細工で出来損ないの魔法。

 レストの底無し、無限の魔力がなければ、宮廷魔術師が束になっても発動することは不可能なはず。


「魔法名【星喰ホシハミ】」


 魔力無しの出来損ないと呼ばれていたレストに相応しい、あまりにも取るに足らない魔法。

 その効果は……万物の消滅。

 この黒い球体……『暗黒星』に触れたものを消滅させ、この世から消し去ることができるのだ。


「俺にしか使えない魔法だが……それでも、ようやく消滅対象を選択することができるようになったんだ。油断してしまうと大気や空間まで消してしまうからね。名前の通りに星を消しかねない」


「嘘、だろ……お前なんかに、新魔法を作れるわけ……」


「だから、出来損ないの失敗作だよ……まあ、お前みたいなのを相手にするには十分な魔法だけどな」


 いくら魔力を消耗したところで無限の魔力が尽きることはないが……それでも、暗黒星に魔力を吸い取られるのはあまり気分が良くない。


「それじゃあ、サヨナラだ」


「まっ……」


「【星喰】」


 暗黒星を地面に転がるセドリックに振り下ろす。黒い球体にセドリックの身体が飲み込まれる。


「これで終わりだよ……永遠にな」


 セドリックとの……義理の兄との因縁が終わった瞬間である。

 もはやセドリックはレストを傷つけることも、レストから奪うこともできない。

 二度と、永遠に……出来ない身体になってしまったのだ。

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