魔力無しで平民の子と迫害された俺。実は無限の魔力持ち。

レオナールD

第1話 魔力無しにしておきます


「お願いします、神様。どうかこの子が『魔力無し』でありますように……」


(え……魔力無しの方が良いの?)


 自分を抱きしめる母親の言葉に、その赤ん坊……レストは小さな瞳で意外そうに瞬きをする。


 場所は町の中央にある神殿。

 広い聖堂の中央を赤いカーペットが縦断しており、その先には羽を生やした女神像が安置されている。

 レストは女神像の前で、母親である女性に抱きしめられていた。


(魔力って多い方が良いんじゃないのか? それなのに、魔力無しであってくれって、どういう意味なんだ?)


 レストは座ったばかりの首を不思議そうに傾げる。

 生まれて一年と経っていない子供であるにもかかわらず、レストにはすでに確固たる自我が芽生えていた。

 何故なら、レストは前世からの記憶を持った転生者だから。

 レストには『日本』という国で暮らしていた高校生の記憶があり、これが二度目の人生になるのだ。


 前世において、レストは親という存在に恵まれていなかった。

 父親は飲んだくれ。ギャンブルという沼にどっぷりとつかっている典型的なクズ。

 母親は育児放棄して、他所の男と遊び暮れるようなこれまたクズ。

 高校生になるまで生きられたのが奇跡と思えるほど、恵まれない環境で生きてきた。

 そんな前世のレストもあっさりと死んだ。

 自分がアルバイトをして稼いだ学費に手を付けようとした父親を咎め、大喧嘩した末に包丁で刺されて絶命したのだ。


 あまりにも不幸すぎる生涯を呪いながら死んでいったレストであったが……どうやら、神様というのは本当にいたらしい。


 気がつけばレストは地球とは異なる世界に転生しており、母親の腕の中に抱きしめられていたのだ。


(優しい母親に産んでもらえたのは良かったんだけど……こっちの人生でも、父親はクズだったみたいだね)


「おい、早くしろ。こっちは忙しいんだ」


 苛立たしそうに吐き捨てたのは、レストと母親から少し離れた場所に立っている男性である。

 身なりは良いが神経質そうな顔をしており、油でガチガチに髪を固めてオールバックにしたその男性こそが、レストの血縁上の父親だった。


「たかが魔力診断くらいで、この私に手間を取らせるな。さっさと済ませろ」


 父親が不快そうな顔で言う。

 その男は間違いなくレストの父親らしいのだが、顔を合わせるのはこれが初めてだった。


 何故なら……父親は貴族であり、母親は貧しい平民だったから。

 父親はメイドとして働いていた母親を暴力によって犯し、レストという子供を孕ませたのである。

 レストを産んだ母親はわずかな金だけ与えられて屋敷から追い出され、シングルマザーとしてレストを育ててきた。

 子育てをしながらパン屋で働き、どうにか生計を立ててきたのだが……レストが一歳になったとき、急にその男が現れたのである。


 父親は母子を連れて神殿にやってきて、神官から魔力測定を受けることを強要したのだ。


「……ご婦人、よろしいかな?」


 神殿の司祭が気づかわしそうに両手を差しのべた。


「御子をこちらに。大丈夫、女神様が見ておられる」


「司祭様……よろしくお願いします」


 母親が震える手でレストを差し出した。司祭が丁寧な手つきで赤ん坊を受けとる。


「お願いします、女神様。この子が『魔力無し』でありますように……『魔力無し』でありますように……」


 子供を渡した母親が両手を合わせて、必死になって祈っている。

 そんな母親の姿を見て、レストも頷いた。


(わかったよ、母さん)


 少しだけ気合を入れて、身体から流れる魔力を強引に抑える。

 転生特典というやつなのだろうか。

 レストは生まれながらにして巨大な魔力を持っており、それをコントロールする術まで身に付けていたのだ。


(これで大丈夫。だから、泣かないで)


「女神の恩寵の下、祝福されし子の力を見通さん。エリ・エラ・イルダーナ。偉大なる光明の女神よ、の子の未来に明るき光が注がれしことを願う……」


 レストを抱いた司祭が呪文のようなものを唱える。

 女神像が光り、レストの身体もまた淡い光に包まれた。


「……なるほど」


 光は数秒で消える。

 司祭が柔和な笑みを浮かべて、深く頷いた。


「どうやら、この子は魔力を持っていないようですな。『魔力無し』です」


「何だと……?」


 父親があからさまに眉をしかめた。

 大きな舌打ちをして、司祭に詰め寄る。


「いくら平民が産んだ妾腹の子とはいえ、宮廷魔術師である私の血を引いているのだぞ? まさか、この女に頼まれて嘘をついているのではないだろうな?」


「女神様に誓って、そのようなことはありません」


 司祭が断言する。

 聖職者である彼にとっての「女神に誓う」という言葉は重い。

 疑うような顔をしていた父親も、それ以上は追及できなくなっていた。


「……やせた畑から作物は実らないというわけか。とんだ時間の無駄だったな」


 父親がゴミでも見るような目で、レストと母親を交互に見る。


「十分な魔力を持っていたのであれば屋敷で引き取って育ててやろうと思っていたが……魔力無しのゴミカスに用はない。その子供は好きにするが良い」


「ありがとうございます、そうさせていただきます……!」


「フンッ」


 父親はポケットから小さな布袋を取り出し、床に放る。

 チャリンと金属がぶつかる音がした。おそらく、金でも入っているのだろう。


「それはくれてやる。我が家に顔を出すことは許さぬし、その子供が私の子であると名乗るのも許さぬ。二度と会うことはないだろう……さらばだ」


 一方的に言い捨てて、父親がスタスタと神殿から出ていってしまう。


「レスト……!」


 母親が司祭から息子を返してもらい、ヒシッと抱きしめる。


「ありがとうございます、女神様……ありがとうございます……!」


「女神様はいつも見ておられる。その子に祝福があらんことを」


 嬉し泣きをする母親、強く抱擁された赤ん坊を見下ろして、司祭が穏やかな表情で十字を切った。


(これで良かったんだよね……母さん)


 きつく抱きしめられたレストはわずかに苦しそうな顔をしながらも、母親に向けて微笑んだ。

 止めていた魔力を解放する。身体の奥底から力が湧き上がってきた。

 今のレストが魔力診断を受けたら、きっと先ほどとはまるで違う結果が出るだろう。


(父親は貴族らしいけど……あの男に引き取られて、幸せになれるヴィジョンが浮かばないね。貧しくても母さんと一緒にいられる方がずっといいよ)


 前世では両親の愛情は得られなかった。

 だけど……今世では自分のために神に祈り、泣いてくれる母親がいる。

 父親は前世と似たり寄ったりのクズのようだが……それでも、遥かにマシな人生になるだろう。


 レストは母親の体温を感じながら、心地良さそうに目を閉じたのであった。






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