第142話 また金が入ってきました


「そうか……ローデルは死んだか……」


 アイガー侯爵の反乱が鎮圧されて、もう一ヵ月が経った。

 ローズマリー侯爵家のタウンハウスでその知らせを聞いて、レストはおかしな寂しさを感じた。

 自室のベッドに座って、もう夏だというのに寒々しい気分になって溜息を吐く。


(どうせ死ぬのなら、戦場で殺してやるべきだったかな?)


 毒杯を飲まされるよりも、あるいはそちらの方が楽だったのではないか。

 プライドが高い男にとって、死を待つだけの一ヵ月はさぞや辛いものだったことだろう。


 ローデル・アイウッドは嫌な奴である。

 愚兄であるセドリックと妙に似ている部分があり、決して好きになれないタイプの人間だと思っていた。

 それでも……戦場で相まみえた時、不思議な共感を覚えたのだ。

 もしも、奴がもう少しだけまともな人間であったのならば……あるいは、戦友として共に戦う未来だってあったかもしれない。

 漠然とした感覚で、そんなことを思ったのである。


(ローデルの死体は王家の墓に葬られることなく、名無しの死体として辺境の僧院に引き取られる……か。だったら、俺がどっかに寺院でも建てて、立派な墓でも作ってやろうかな)


 ローデルが稀代の大悪党であるとはいえ……権力者の死体を雑に扱うのは良くない。

 平将門や菅原道真のような怨霊になり、化けて出てこられても面倒だった。

 戦場で一騎討ちしたのがせめてもの縁である。

 いずれ自分が領地を得た際には、遺体を引き取ってローデルのための寺院を建造してやろうとレストは決めた。


(それにしても……まさか、俺が伯爵とはな)


 この一ヵ月で、アイウッド王国では大きく物事が動いた。レストの周囲でも同様である。


 まず、アイガー侯爵に与した王太后派閥の貴族に処罰が与えられた。

 直接、反乱に加担した貴族は例外なく死罪。首謀者に近い者達は、一族もろとも連座で処刑台に送られた。

 派閥に属していたが、反乱軍には加わっていなかった者達にも相応の処罰が与えられる。領地と財産が奪われて平民落ちすることになった。

 ギリギリで思いとどまった貴族……アイガー侯爵が挙兵した段階で派閥を抜けた者達については恩赦が与えられ、降爵したうえで改易を命じられた。


 王太后派閥の貴族が所有していた領地については、重要拠点については王家の直轄領に、それ以外の土地は征伐に参加した王党派の貴族に分配されることになった。

 ローズマリー侯爵家も領地を加増されて、当主のアルバートはせわしなく領地と王都を行き来している。


 そして……レストについては、戦いで活躍したことについて伯爵の地位と勲章、そして報奨金が与えられることになった。

 すでに行われた受勲式では国王から直々にお褒めの言葉を頂戴して、王太子とも親しく話をさせてもらった。

 式典の最中、隙を見て他の貴族が接触を図ってきて、娘を妻として売り込まれそうになったのにはウンザリした。

 隣にいたヴィオラとプリムラも不機嫌になっていた。


 魔猟祭の事件以来、閉鎖された王立学園もすでに授業が再開されているのだが……レストはほとんど行っていない。

 一度だけ、顔を出したのだが……女子生徒が妻にしてだ妾でいいだと接触してきており、男子生徒までも臣下になってやるから代官にしろだと言ってきた。


 レストが与えられた領地はほぼ全てが未開拓の平原だったが……それでも、今後の開発の可能性があり、多大な利権が眠っている。

 それが誘蛾灯のように多くの人間を呼び集めて……酷いときには、ローズマリー侯爵家のタウンハウスにまで仕官を申し出る人間が押し寄せてきた。


「おまけに……ローデルの遺産ときたか。また厄介事が増えそうだな……」


 レストはベッドに寝転がりながら、王家から送られてきた書状を開く。

 そこには、毒杯を飲んだローデル・アイウッドの遺言により、レストが遺産を相続した旨が記載されている。

 ローデルが遺したのは王太后の隠し財産。生前に貯め込んだであろうヘソクリである。

 その中には行方不明となっていた国宝なども含まれており、金額は国家予算にも匹敵するそうだ。

 王家保有の絵画や壺、彫刻品などは王家が接収したが……金貨や宝石などの直接的な財物については、レストに与えられるとのこと。

 また、価値のよくわからない魔術書や辺境の土地の権利書も押しつけられた。


 金があるのは嬉しいが……正直、百回生まれ変わっても使い切れない金なんてあっても邪魔なだけである。

 金を持っている人間はそれを使うことを強いられるものだ。

 そうでなくては経済が滞るし、人は金に集まってくる。

 宝くじで高額当選をした途端に寄付や投資の話を持ちかけられたり、連絡先を交換した覚えのない自称・友人から電話がかかってきたりするのと同じである。


(それが鬱陶しいのなら、パアッと使ってやるのが一番なのだろうが……金を使うアテがあるのも困るな……)


「……やるか、魔境の開拓」


 本来であれば王家の主導の下で行われるべきなのだろうが……一足先に、自分が与えられた領地だけでも開拓に手をつけた方が良い。

 正直、それを狙って王家が金を押しつけてきているのではないかとすら、内心では疑っている。


「義父上に話をしてみるか……」


 レストはサブノック平原の開拓について相談するために、起き上がって義父の執務室へと向かっていった。

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