第141話 ローデル・アイウッドの最期

 アイガー侯爵の反乱。

 首謀者であるアイガー侯爵は戦場で討たれたものの、名目上の総大将であったローデル・アイウッド第三王子は生きたまま捕縛された。


 ローデルの母親は同盟国であるガイゼル帝国出身の側妃である。

 処分の内容を決めるにあたって、帝国と一応の協議の場が設けられることになった。

 外交官同士の話し合いでは、反乱に帝国人と思われる軍人と傭兵が加わっていたことについても言及された。

 しかし、帝国は当然ながら反乱への関与を否定。

 帝国人が反乱に加担していたのは、あくまでも彼らが傭兵として勝手に雇われただけ。自分達が命じたことではないと主張した。

 反乱軍の戦死者の中に帝国軍人らしき人間がいたものの……確実な証拠を発見することはできなかった。


 帝国は反乱の首謀者であったローデルとその母親の引き渡しを要求。

 もちろん、王国側はそれを断った。

 両国の話し合いは激しく紛糾したが……長い協議の末、ローデルに毒杯を与えること、側妃を帝国に引き渡すことが決定される。


 王国側としては……帝国と必要以上に揉めたくはないが、またしても旗印として利用される可能性があるローデルは絶対に引き渡せない。

 帝国側としては……自国出身の側妃を殺されてはメンツが保てないが、反乱をたった一日で鎮圧させた王国の力を前にして現時点で敵対はできないと判断。外征を望んでいる主戦派ですらも、王国との戦いは時期尚早であると考えたようだ。


 結果、お互いに真っ向勝負は避けて、妥協した結果とすることを受け入れたのである。

 帝国の血を引いているローデルが死ぬことにより、確実に同盟関係にヒビが入ってしまった。

 しかし……帝国が反乱に加担していた以上、禍根が残ってしまうのは仕方がない。

 王国側もまた、帝国を北方の蛮族に次いだ仮想敵国として警戒を深めることになったのである。



     〇     〇     〇



「……以上が帝国との協議の結果です。毒杯は三日後にお持ちしますので、それまでどうか心安らかに」


「…………」


 文官から告げられた死刑宣告を受けても、幽閉されていたローデル・アイウッドは何の言葉も発しなかった。

 惨めに命乞いをすることもなく、文官を罵倒することもなく……黙ったまま、毒杯を受け入れる覚悟を決めた。


 母親はすでにこの国を発っている。

 側妃であった彼女は国王から離縁され、涙を流しながらローデルに別れを告げた。

 王太后によって育てられたローデルは母親と接したことはほぼないが、彼女は反乱には関わっていなかったからとお咎めなしだったらしい。

 側妃もローデルには興味がないと思っていたのだが……一応は愛されていたのだなと今さらながらに知ることとなった。


「これで私も終わりか……」


 文官が下がって独りきりとなった部屋で、ポツリとつぶやく。

 ローデルが幽閉されているのは、高貴な人間のための牢屋である。

 入口は鉄格子で閉じられているものの……部屋の中には一通りの家具が揃っており、食事も豪勢。身体を洗うための湯も与えられるので生活には困らない。

 望むのであれば、死ぬ前に娼婦だって呼んでもらえるかもしれないが……今のローデルに性欲はなかった。

 以前は狂おしいほどに女の肌に触れることを、蹂躙し尽くすことを求めていたというのに……自分でも驚くほど、そんな気が湧いてこない。

 メイドに手を出し、貴族の娘を部屋に引き入れ……婚約者がいる同級生にまで手を出そうとして、邪魔する男を火だるまにした男と同一人物とは思えないほど、達観していた。


(……この私がみっともなく足掻くような真似をすれば、きっとあの男は失望するのだろうからな)


 ローデルの胸にあるのはそんな思い。

 戦場で戦った最後の敵……レスト・クローバーに対する感情である。


 ローデルとレストは戦った。激しく、お互いの魔法をぶつけあって決闘した。

 その戦いは……不思議なほどローデルの心を満たしていた。

 どんな美しい女を抱いた時にも感じたことのない、高揚と充足感に心が躍り。

 そして……敗北して半死半生の身体となってなお、その身に刻まれた傷すら愛おしく感じた。


(レスト・クローバー……)


 その男の顔を思い出すだけで、死ぬことすらも恐ろしいとは感じない。

 友情ではない。親愛でもない。同性愛とはもちろん違う。

 その正体不明の感情をローデルは持て余しながら、それでも不快には思わなかった。


(そうだ……私は、愉しかったのだ……)


 ただ……愉しかった。

 レストと戦うことが、全力をぶつけ合っても倒れない誰かがいてくれることが……どうしようもなく嬉しかった。愉しかった。

 弱者を蹂躙したことは何度もあるが……それとはまるで違う感覚。

 自分と同じ場所に立っている誰かがいて、自分を満たしてくれるよろこび。

 それはローデルが人生の中で、一度として味わったことのないものだったのである。


(願わくば、お前に殺されたかったが……いや、それも違うのか)


 もしもあの戦場で死んでいたら、自らの愚かしさを顧みることもなかっただろう。それは許されない気がする。

 自分は反省しなくてはいけない。後悔しなくてはいけない。

 それが空っぽなプライドを肥大化させて、多くの人間を傷つけてきた自分に与えられた罰なのだろう。

 あるいは……レストもそんな贖罪の時間を与えるため、トドメを刺さなかったのかもしれない。


(ありがとう……レスト・クローバー。君のおかげで私は己を見つめ直し、心安らかに逝くことができる)


 何か、彼に対して御礼できることはないだろうか?

 残された時間の中でローデルは考えたが……一つだけ、思いついたことがあった。


(そうだ……お祖母様の遺産があったな……)


 王太后である祖母が残した隠し財産があった。

 とある場所に隠された、その存在を知っているのはローデルただ一人。

 その遺産をレストに与えるように遺言を残してはどうだろうか?


(国に没収される恐れもあるが……父上と兄上であれば、一部であってもレスト・クローバーに与えてくれるかもしれないな)


 王太后の隠し財産は国家予算にも匹敵する金額である。

 たとえ一割であったとしても、レストの懐に入るのであれば役に立つだろう。


「……さらばだ。我が魂の好敵手よ。君の活躍を心から祈る」


 三日後。

 ローデル・アイウッド第三王子は毒杯を賜り、命を落とした。

 公式発表されていないとはいえ、反乱に加担していたローデルは王家の墓に入ることは許されない。

 しかし……彼の遺産の一部を与えられたレスト・クローバーによって辺境に寺院が建造され、そこに葬られて安らかに眠ることになるのだった。

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