第140話 ローデルは処罰されます

 ローデル・アイウッド第三王子。

 王太后派閥の旗頭。反乱軍の名目上の総大将。

 王家に牙を剥いた大逆人が傷だらけになって、床に転がっている。


「…………」


「…………」


「…………」


 騎士に引きずられてそこにやってきた男の姿に、三人は複雑そうな顔で黙り込む。

 父親として、兄として、義父になるはずだった男として……思い思いの表情でローデルを見下ろす。


「……何という姿だ。我が息子よ」


 最初に口を開いたのは国王だった。

 ボロボロになった息子を見て、重く深い溜息を吐く。

 ローデルはずっと敵対する派閥に利用されていた。国王にとっての母親である王太后によって甘やかされ、利用されていた。

 だが……それでも、血のつながった息子である。愛しくないわけがなかった。

 ローデルが死ねばあらゆる問題が解決する……それでも、暗殺や謀殺という手段を選ばない程度には更生することを期待していた。

 経験を積んで、少しでもまともな人間になって欲しいと願っていた。

 国王……ダーヴィット・アイウッドもまた、一人の父親でしかないのだから。


「…………父上」


 全身に包帯を巻いたローデルは床に転がりながら国王を見上げて、それだけつぶやいた。

 命乞いをするでもない。言い訳を吐くでもない。恨み言も口にしない。

 かつては傲慢なプライドに染まっていたローデルの顔には、驚くほど何の感情も浮かんではいなかった。


「…………?」


 リチャードが怪訝そうに眉根を寄せる。

 顔にまで包帯を巻いているローデルであったが……不思議なほど、スッキリとした表情をしていた。

 こんな弟の顔を見たのはいつぶりだろうか。

 そんな疑問に蓋をして……リチャードは口を開いた。


「……ローデル、今回の一件は王子だからと流すことはできない……何か弁明はあるか?」


「…………兄上」


 ローデルがわずかに首を動かして、リチャードの方に顔を向ける。

 かつて、ローデルは自分こそが次の国王に相応しいと主張していた。ローデルにとって、リチャードは目の上のたん瘤でしかなかったはず。


「……好きなように、お裁きください。毒杯でも処刑でも……如何ようにでも」


 ローデルの口から殊勝な言葉が飛び出した。

 どんな罰でも受け入れると……処刑台にでも上ると、そう言ってきたのだ。


「ローデル……!」


 リチャードが表情を歪めて、拳を握りしめる。

 ローデルがみっともなく言い訳をすると思っていた。自らの野望を阻んだ自分達に対して呪いの言葉を吐くと思っていた。

 それなのに……どうして、そんなに憑き物が落ちたような顔をしているのだ。

 どうして、どうして……。


「どうして……お前はクズのまま死んでくれないのだ……!」


 怒りと悲しみと後悔と未練と……あらゆる感情をぜにして、リチャードは罵倒の言葉を吐き出した。

 ここが王の御前であることも忘れて、愚かな弟を感情のままに罵った。


「愚者のままであれば、クズのままであれば、お前を容赦なく処罰することができた……殺しても少しも心が痛まなかった……! それなのに、どうしてそんなにも晴れた表情をしている!? どうして、自らの死を受け入れているのだ!?」


「…………」


「反逆者として惨めに、みっともなく死んでくれたのであれば……こんな気持ちには……!」


「……良い、リチャード。控えよ」


 涙すら滲ませているリチャードを国王が止める。

 これ以上、息子の悲痛なまでの叫びを聞いているのは耐えられなかった。


「ローデルよ……お前がしたことは王族として許されることではない。お前が反乱軍に加わっていたことは表向きには伏せられるため、処刑されることはない。それでも……死んでもらわねば示しがつかない」


「…………」


「……お前の母親は隣国の姫だ。同盟国である帝国への配慮として、形だけ協議することになるが……結果は変わらない。いずれ毒杯を用意することになるから、最期の時を噛みしめよ」


 国王がローデルに死を宣告した。

 ローデルを殺すことで多くの問題が生じる。それでも、事がここに至ってしまえば避けられない。

 死んでもらわなければ、臣下や犠牲になった兵士達に示しがつかないのだ。


「…………」


 ローデルは感情の込められていない瞳で父と兄を見上げていたが……やがて、唇を震わせるようにしてボソリとつぶやいた。


「……謹んで拝命いたします。ご迷惑をおかけいたしました」


 利用されるがままに反乱の旗印とされた愚かな王子は、十六歳という若さでの死を拒絶することなく受け入れたのであった。

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