第139話 国王と王太子は苦悩する

 レストがローズマリー侯爵家に帰還した一方で、反乱を鎮圧した王国軍もまた王都に凱旋を果たしていた。

 ほんの数日の出兵。思わぬ速度で戻ってきた王国軍は英雄として迎え入れられ、人々から笑顔でもてなされた。

 王城に入ったのは王太子と側近の兵士達。副官だったカトレイア侯爵はアイガー侯爵領に残っており、後処理をしている。


 王太子リチャード・アイウッドは国王への報告と、『それ』を持ち帰るために一足先に帰還してきていた。


「よくやってくれたな、リチャードよ」


「ただいま戻りました、父上」


 帰還してきたリチャードが父親と再会する。

 国王は五体満足で戻ってきた息子の顔を見て、心から安堵の表情をする。


「想像以上に早く決着がついたな。正直、お前がここまでやるとは思わなかったぞ」


「私の手柄ではありません。カトレイア侯爵と兵士達、そして何よりも……『彼』のおかげです」


「……報告は受けている。彼もまた、想像以上だったようだな」


 ここでいう『彼』というのはレスト・クローバー子爵のこと。

 今回の戦場において、最大の功労者は間違いなくレストに違いなかった。


 一番槍として敵陣に攻撃。七千の兵士を撃破。

 自陣近くまで攻め込んできたローデルと一騎討ちをして、見事に撃退。

 レストを英雄として祭り上げようとしていた王家であったが……彼らが想定していた以上の戦果。意図的に祭り上げるまでもなく、本物の英雄的活躍だった。


「クローバー子爵が魔獣サブノックを討伐したことはわかっている。だが、その実力にいささかの偽りや誇張もなかったようだな」


 事前に報告を受けていた国王であったが、息子の話を聞いて改めてレストの実力を感じ入る。

 魔力という特別な力が存在するこの世界において、単騎をもってして戦場を変える一騎当千の戦士や魔術師は珍しくない。

 王立学園の学園長であるヴェルロイド・ハーンを始めとした賢人議会……そこに所属する賢者らはその代表だった。

 レスト・クローバーもまた、そんな超人的な能力を持った人間であるようだ。


「……こうなると、クローバー子爵を本格的につなぎ止めねばなるまいな」


 国王が眉間にシワを寄せて考え込む。

 爵位と領地を与えるだけでは足りないかもしれない。

 王家とのつながりを強めるべく、他にも『くさび』を打ち込む必要がある。


「出来ることなら、王家の娘を嫁がせたいところだが……」


「……私には姉も妹もおりませんが?」


 国王のつぶやきにリチャードが口を挟む。

 非常に残念ながら……現在の王家には政略結婚に使える王女はいない。

 王家にいる三人の子供はいずれも王子。おまけに一人は欠けてしまった。

 国王には姉妹もいるのだが……すでに嫁いでいるか、レストと年齢が合わないかのどちらかである。


「伯母上はまだ未婚ですが……」


「五十過ぎの『王女』を娶れなどとは命じられまい。クローバー子爵をつなぎ止めるどころか、反乱を起こされかねない」


 レストにそういう性癖があるのであれば話は別だが、自分の三倍近い年の差の女性と結婚させられて喜ぶ人間は少ないだろう。

 レストの後見人であるローズマリー侯爵だってさすがに口を挟むだろうし、王姉と結婚させることはさすがに無理がある。


「そうなると、王家と近しい家の娘を嫁がせることになるが……」


「そうなりますと……」


「…………」


 国王とリチャードの視線が一点で交わる。

 そこにいたのは、国王と王太子の会話を邪魔しないように黙って控えていた人物……ヴェリオス・クロッカス公爵がいた。

 公爵家は王家から臣籍降下した家系である。クロッカス以外にも公爵家はあるが……いずれも有名無実で名ばかりの公爵しかいない。


 そして……まるであつらえたように、公爵家にはレストと同い年で婚約者のいない娘がいる。

 反逆者であるローデル・アイウッドの元・婚約者……つまり、セレスティーヌ・クロッカスが。


「……御二人が考えていることはわかります」


 主君らの視線を受けて、クロッカス侯爵が厳かに口を開いた。

 カトレイア侯爵に負けず劣らず、岩のような硬い表情で。


「娘は王太后陛下に心酔していた先代当主が結んだ魔法契約により、ローデル殿下と婚約していました。手段を選ばなければ解呪する方法もありましたが……王太后派閥の動向を探るため、私はあえて婚約をそのままにしておきました」


「宰相……」


「これまで王家のために望まぬ婚約を強いられていた娘に、また王家のために政略結婚をしてくれとは口が裂けても言えませぬ。たとえ、それが国のためにもっとも良い決断だとしても」


 クロッカス公爵は滅私奉公。自らを犠牲にして国に尽くしてきた。

 そんな彼にとって、それは初めての本音だったのかもしれない。


「…………」


「…………」


 その言葉は重い。

 国王と王太子がそろって言葉を飲み込んでしまうほどに。


「……娘には話を通しておきます。だが、どうか王命による強制はしないでいただきたい」


 とはいえ……クロッカス公爵もまた、理解していた。

 娘は……セレスティーヌ・クロッカスは誰よりも責任感が強い。

 彼女であれば、話を聞けば進んで政略結婚を受け入れるだろうと。

 だから、これはクロッカス公爵のワガママなのだ。娘を思っている父親でありたいと願う彼の精一杯のエゴだった。


「……ローズマリーとカトレイアを笑えぬぞ。お前も父親だ」


「…………」


 苦々しく、されどどこか微笑ましそうな国王の言葉に……クロッカス公爵は渋面を深めたのである。


「コホン……さて、クローバー子爵のこともそうですが、他にも審議をせねばならないことがありますね」


 リチャードが咳払いをしてから、話を切り替える。

 これから話すことはリチャードにとっても苦々しい内容。往生際が悪いが、少しでも先送りにしていた問題である。

 リチャードが手を叩いて合図を出すと、部屋の外に控えていた騎士が『それ』を引きずってくる。


「ローデル・アイウッド……我が愚弟の処分について審議いたしましょうか」


「…………」


 騎士に両腕を掴まれて連れてこられたのは、全身に怪我をして包帯を巻いた男……ローデル・アイウッド第三王子だった。

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