第138話 凱旋しました
「おかえり、レスト―!」
「おかえりなさい、レスト様―!」
「わぷっ!」
戦いが集結して、王都に帰還したレストを出迎えたのはローズマリー姉妹からの抱擁だった。
内乱が思わぬ短さで終結してしまったため、出陣から三日ほどでの帰宅である。
そこまで長い別れではなかったというのに、二人は随分と心配していたらしい。
二人が同時に抱き着いてきたせいで、レストは玄関先で押し倒されるという何とも格好のつかない帰還となった。
「レスト、怪我はない? 痛いところはない?」
「レスト様、レスト様、レスト様……!」
ヴィオラとプリムラがわあわあと泣きついてくる。
レストは予想以上に熱烈な歓迎を受けて、顔の筋肉を引きつらせながら二人を宥めた。
「ああ、えーと……ただいま。それと心配かけて悪かったよ。見ての通り怪我もなくて無事だから安心してくれ」
「「良かった……」」
「ああ……俺も二人と会えて嬉しいよ……本当に、心からね」
レストの胸に二人の体温と一緒に安堵が広がっていく。
覚悟を決めて、非常になって戦場に赴いたはずだったのだが……それでも、感情を捨てて非情になりきれたわけではない。
捨てきれなかった心が満たされ、戦場でささくれ立った心が癒されていくのをヒシヒシと感じる。
(何というか……本当に帰って来て良かったな……『おかえりなさい』って言ってくれる人がいるのって、自分が思っている以上に幸せなことなんだな)
前世では家族に恵まれていなかったが、今生で新しい家族を得ることができた。
心が通じ合えている家族。愛し、愛されることが実感できる本物の絆。
かけがえのない家族の存在は爵位や領地などよりも、遥かに価値がある物に違いない。
「ヴィオラ、プリムラ……」
「レスト……」
「レスト様……」
レストと二人は見つめ合い、ゆっくりと顔を近づけていく。
三人が窮屈な口づけを交わそうとするが……それよりも先に、「コホン」と咳払いの音がする。
「あー……レスト君。戻ってきたのなら、家長の私に先に報告しなくてはいけないことがあるんじゃないのかね?」
「「「あ……」」」
レストと姉妹が同時に凍りつく。
苦々しい表情で水を差したのは、ローズマリー侯爵家の当主であるアルバート・ローズマリーである。
また、場所がローズマリー侯爵家の玄関であるということもあり、この場には彼ら以外にも人の姿があった。
レストと一緒に戦い、凱旋してきたディーブルやローズマリー侯爵家所属の魔術師。屋敷で働いているメイドや執事らも出迎えのために並んでいる。
彼らは一様に気まずそうな顔をしており、若いメイドなどは顔を真っ赤にしていた。
「……私の執務室に来たまえ。内乱の詳細について報告してくれ」
「……わかりました」
父親の前で、とんだ場面を見せてしまった。
レストは姉妹から離れて、顔を伏せながらアルバートに続いて歩いていく。
「え、えっと……お腹空いているわよね」
「しょ、食事の準備をしておきますね」
ヴィオラとプリムラも気まずそうに言って、そそくさとキッチンの方に消えていった。
レストがアルバートと一緒に当主の執務室に入ると、そこには侯爵夫人であるアイリーシュ・ローズマリーの姿もあった。
「戻りましたね。血のつながらない我が息子よ」
「……ご無沙汰しております。奥様」
「母と呼びなさい」
「……義母上」
初対面でいきなり戦いを挑まれたこともあって、どうにもアイリーシュのことがレストは苦手だった。
嫌いというわけではない。ただ、落ち着かない気分になる苦手意識があるだけである。
(癒し系とは真逆だものな……義母上は)
「すでに報告は受けているが……戦場での顛末を聞かせてくれたまえ。微に入り細を穿って詳細に」
執務室の机について、アルバートがレストをソファに座るように促した。
言われたとおりにレストはソファに座り……一つ深呼吸をしてから、内乱の経緯について話し出す。
「戦いはまず、自分が魔法を撃つところから始まりました。王太子殿下の命令により、魔獣サブノックを倒した魔法を敵陣に撃ち込みました」
ローズマリー夫妻は黙ってレストの報告を聞いていたが……一通りの話が終わると、深く溜息を吐いた。
「何というか……聞いていた以上の活躍だったな」
「さすがは我が家の婿殿ね。ローズマリーの名に恥じない戦いをしてくれたようで安心した!」
アルバートが頭痛を堪えるような顔をして、アイリーシュが誇らしそうに笑った。
対照的な夫婦の反応に、レストは困った様子で頬を指で掻く。
「えっと……もしかして、不味かったですか?」
「いや……王国にとっては問題はない。期待していた以上の戦果を出してくれたと思っている」
アルバートが溜息混じりに説明する。
「だが……君にとっては幸運なことかはわからない。必要以上に、注目を集めてしまったようだからね」
王国中枢。国王や王太子、カトレイア侯爵は王家の失態から国民の目を逸らすため、レストを
そのためにあえて一番槍を託したのだが……いささか、戦果を挙げすぎたようである。
「初撃で七千の敵兵を討ち取ったのは……まあ、良いだろう。おかげで戦いが優位に進んで、半日で決着がついたのだから。しかし、ローデル殿下と一騎討ちをして倒したのは手柄が過剰だったな……目立ち過ぎだよ」
まず、ローデルが反乱軍に与していることは内密のこととなっている。
もちろん、人々に話は広がるだろうが……少なくとも、王家からの公式発表上、反乱の首謀者はアイガー侯爵でローデルの名前は公表されない。
しかし、人は素晴らしいものを目にすると、他者に語りたくなるものである。
レストとローデルの戦いはまさにそれ。戦場を彩った花として、英雄譚となって人々に語り継がれることだろう。
「君が目立つということは、君と一騎打ちで戦ったローデル第三王子の名前も広がることになる。もはや、アレが反乱軍に加担していたことは隠すことはできない。これは本人の自業自得なので、レスト君に責任を求めることではないが……奴の名は反逆者として、語り継がれることになるだろうな」
「あー……もしかして、余計なことをしてしまったでしょうか? 王家に怒られるとか?」
「いや……君が戦わねば、王太子殿下が危険に陥っていたかもしれん。君を責められる人間などいまい。むしろ、君に取り入ろうとする人間の方が多いだろうな」
レストを悪くないと言いながら、矛盾したことにアルバートは責めるような眼差しになっている。
「君は今回の戦いによって伯爵に昇爵されることがすでに決まっているが、それでは褒美として足りないかもしれない。さすがに侯爵以上の地位を与えるのは難しいだろうが……その代わりに報奨金が与えられ、平原の領地が加増されるだろうな」
「あー……なるほど。開拓の手間がかかりそうですね」
「まあ、それはいい。それは良いのだが……」
アルバートは苦い顔。
いったい、何がそんなに義父を悩ませているのだろうと首を傾げるレストに、アイリーシュが代わりに告げる。
「つまり、たくさんの嫁が送り込まれてくる可能性がある……ということだな」
「へ……嫁?」
「領地が増えるということは、つまりはそういうことだ。魔力は遺伝するから子種だけでもという女も出てくるだろうし、本格的に妻と妾が増えることになるだろう」
「…………」
飾ることのない言葉を受けて、レストが唖然とする。
レストは力を見せつけ過ぎた。
これにより、多くの貴族がレストに注目している。
金や領地、縁続きになることを求めて多くの女性が送り込まれてくる。
仕方がないこととはいえ、娘婿となった男が多くの妻を娶ることに、アルバートは苦悩しているのだろう。
「え、えっと……僕はヴィオラとプリムラがいれば十分なんですけど……」
「……政略結婚も貴族の義務だ。仮に王家が仲立ちになったら断れない」
「それは……」
「だが……それはそうとしても娘を不幸にしたら許さん。断じて、許さん」
「…………」
家族がたくさん欲しいとは思っていたが……嫁がたくさん欲しいとは言っていない。
レストはしばし呆然と肩を落として、言葉を失うことになるのであった。
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