第143話 困ったら義父に相談します

 思い立ったが吉日。

 レストはできることならばやりたくはなかった仕事……サブノック平原の開拓に手をつけることにした。

 本来であれば、中央が主導して進めるべき仕事であったが……現在の王家は内乱の後始末やら、外交の問題やらで手一杯。

 手をこまねいていてはサブノックに代わる新たな『魔境の主』が生まれかねないので、一足先に着手することにした。


 すでにレストには数々の手柄の報酬として領地が与えられている。

 自分の土地を開拓したとしても、王家から責められることはあるまい。


 レストが与えられたのはサブノック平原の北部一帯。領地の広さだけでいうのならば、伯爵どころか侯爵にだって匹敵する。

 ローズマリー侯爵家と寄子の貴族が王国北部に領地を持っているため、上手く開拓に成功すれば北から街道を引いて繋げることもできるだろう。


(そのあたりの立地は王家も配慮してくれたんだろうけど……)


「レスト君。未開の地を開拓するためには、いくつか必要な物がある」


 ローズマリー侯爵の執務室。

 義父であるアルバート・ローズマリーが机の上で手を組んで、口を開く。

 内乱の後処理であちこち走り回っている義父の目には、くっきりと濃いくまが浮かんでいる。

 よほど忙しくしているのだろう。余計な話を持ち込んでしまったことを、レストは申し訳なく思った。


「まずは『金』。開拓資金が必要となる。これはすでにクリアしているな」


「はい……王家からとんでもない金額が支払われましたので」


 魔獣サブノック討伐。

 内乱での活躍。

 ローデル・アイウッドの遺産相続。

 これらのことにより、レストの懐には見たこともない金額が転がり込んでいる。

 落ち着かないのでさっさと減らしてしまいたいと、贅沢な悩みを抱えているほどである。


「次に『人』だな。領地を魔物から守る兵士、事務作業を行う役人、畑を開墾する農民、建物や城壁を建造する技術者、石材や木材を運搬する肉体労働者……平原を開拓するとなれば、村を作るのとはわけが違う。多くの人手が必要となるだろう」


「そう、ですね……これは俺の力だけではどうにもなりませんね」


「まあ、金に糸目を付けなければ人手を集めるのは難しくはない。いくらか預けてもらえるのなら、人手を募るようにディーブルに命じておこう」


「ありがとうございます、是非ともお願いします!」


 レストは心から感謝した。

 義父であるアルバート、師匠であるディーブルならば、安心して任せられる。

 許されるならば……王家から受け取った金をまとめて押しつけたいとすら、思えてしまう。


「問題になるのは役人だが……王家もいくらか人手を出してくれるだろう。内乱があったせいで城の文官の大部分忙しくしているが……ちょうど良く、仕事が無くて空いている人手もあるからな」


「こんな時に暇な人がいるんですか?」


「ああ……王太后派閥の一族の人間だ」


「へ……?」


 レストが目を白黒とさせた。

 王太后派閥の人間は一掃されたのではなかったのか。


「一族といっても、広いからな……末端も末端には、内乱と全く関わりのなかった人間も多いのだ。彼らの大多数は反乱が起こった時点で『自分は関係ありません。王家に逆らうつもりはありません』と一族からの離脱を申し出て平民になっている。ただ……それでも、謀反を起こした一族の出身ということもあって、重要なポストからは外されてしまったのだ」


 彼らもまた被害者である。

 家督を継ぐことのできない三男、四男が一旗揚げようと王都に出てきて、必死に努力して王宮勤めになった。

 そうかと思えば……実家や親戚が反乱を起こして、自分まで反逆者の一族の人間になってしまったのだから。


「私の部下……宮廷魔術師にもそういった人間が何人かいるが、いずれも実家に対して恨み言を口にしているよ。『独立するときには支援なんてしてくれなかったくせに、どうして汚名だけ押しつけられなくちゃいけないんだ』ってね」


「ああ……それは大変ですね……」


「彼らの恨みは馬鹿な家族に向かっていて、レスト君のことをどうとも思ってはいない。文官として登用してくれるのなら、むしろ王家も喜ぶだろうな」


「……まあ、その辺りの人選はお任せしますよ。王宮の事情は俺にはわかりませんから」


 しかし……人手集めをアルバートやディーブルがやってくれるのなら、レストは何をすればいいのだろう?

 さすがに、人任せにして自分は何もしないのは心苦しいのだが。


「レスト君にも重要な仕事があるじゃないか……魔物退治と拠点獲得だよ」


「魔物退治、それに拠点獲得……」


「魔境の主が討伐されたとはいえ、サブノック平原が魔境であることには変わりはない。魔物を討伐して、開拓するうえで最初の拠点となる場所を確保する……これが君がやるべきことだ」


 アルバートがクマのついた目を指で揉みながら、そんなことを口にする。


「ローズマリー侯爵家の魔術師を何人か貸すし、学園で人材を募っても良いかもしれないな。生きてさえいれば失敗してもやり直しはできるだろうし、君の思うままにやってみなさい」


「……わかりました。挑戦してみます」


 アルバートの言葉に、レストは深く頷いた。

 拠点獲得はともかくとして……魔物退治ならば得意分野である。

 もちろん、広い領地の魔物を倒して十分な安全を確保するとなると、一筋縄ではいかないが。


(そうなると、さすがに一人では厳しいな。手伝ってくれる協力者が必要だ。学園だったら、仕官希望者も集まるか……?)


 レストは開拓の第一歩を踏み出すため、協力者を集めるために再び学園に行くことを決めた。

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