第128話 王太子と騎士団長
時間はわずかに遡り、王国軍の本陣にて。
王太子であるリチャード・アイウッド、騎士団長であるカトレイア侯爵が二人で話していた。
「それにしても……想像以上に反乱軍の数が多いな」
「やはり……予想通り、ガイゼル帝国が裏で暗躍しているのでしょうな」
リチャードの言葉に、カトレイア侯爵が巌のように固い表情で答える。
向かい側の丘にはアイガー侯爵を始めとした反乱軍が兵を並べていた。
敵陣が徐々に慌ただしくなっていき、こちらに攻め込む準備をしているのだとわかる。
事前の情報だと……敵軍の総数は多くても六万に満たないはずだった。
しかし、丘に並ぶ兵士は予想よりも多く、後方にいる兵士も含めて七万に達していることだろう。
「民兵を徴兵し、傭兵を雇ったにしても多すぎます。おそらく、秘かに帝国が支援しているのでしょう」
ガイゼル帝国はアイウッド王国の東側にある隣国であり、長年の同盟国である。
しかし、近年になって帝国の国内情勢は怪しくなっており、外交関係の緊張が高まっていた。
反乱軍の名目上のリーダーであるローデルの母親が帝国出身であり、秘かに兵を送り込んできたのだろう。
兵力は王国軍が上だが……問題はそこではない。
そもそも、ただ勝つというだけならば、それほど難しい戦いではないのだ。
いかに帝国の支援を受けているとはいえ、アイガー侯爵は一地方領主に過ぎない。
裏で陰謀を巡らされるのは面倒だが、表立って反乱を起こしてくれたのであれば、討伐することは可能である。
問題は短時間で、被害を少なくして勝利しなくてはいけないことだ。
(裏で帝国が動いているとなれば、なおさら早く終わらせなければ。内乱が長引いて泥沼化してしまえば敗北と変わらない。他国に付け込まれるような隙を作るわけにはゆかぬ)
帝国は現時点においては、牙を見せていない。
アイガー侯爵を秘かに支援しているだけである。
だが……この内乱でアイウッド王国が弱体化してしまえば、帝国内において外征を主張している派閥が勢いを増す。
最悪の場合、アイウッド王国に攻め込んでくる可能性もあるだろう。
また、警戒しなくてはいけないのは帝国だけではない。
北方にいる蛮族も略奪目的でたびたび攻め込んできている。
ここ数年は目立った動きがないのだが……それがかえって恐ろしい。
兵力を蓄えて、一気に攻撃を仕掛けてくるのではないかと懸念されていた。
(求めるべきは圧勝。完膚なきまでの勝利。アイウッド王国に弱卒はいないということを内外に示すほど、圧倒的な大勝が必要である……!)
「王太子殿下! 騎士団長殿! 敵軍が動き出しました!」
「そうか……やはり、このタイミングで攻めてくるか」
敵が先に動き出すのは予想通りである。
王国軍と反乱軍は盆地を挟んで向かい合っており、お互いが丘の上に本陣を構えていた。
つまり……先に動き出して丘を下った方が地理的に下になってしまい、不利に陥るのだ。
それでも、反乱軍は動かざるを得ない。時間をかけるほどに王国軍は遠征の疲れを癒し、万全になってしまうからだ。
「クローバー子爵に初撃の準備をさせろ。サブノックを倒したという一撃を見せてもらおうではないか」
カトレイア侯爵がわずかに口角を釣り上げて言う。
レスト・クローバーに一番槍での一撃を任せるよう、提案したのはカトレイア侯爵だった。
「それにしても……本当に良かったのか、騎士団長。学生である彼に初撃を任せてしまって」
リチャードが疑問を呈する。
若き王太子は決して無能ではなかったが、戦場でのことはカトレイア侯爵の主張を優先させていた。
「彼が魔獣サブノックを討伐したという話は疑ってはいない。しかし、王宮での話し合いで、サブノックが他の魔物との戦いで弱っていたという結論になったはずだ。彼の魔法がそこまで重要なのか?」
王宮はレストがサブノックを倒したことを認めているが、全てを鵜呑みにしたわけではない。
おそらく、サブノックが魔境にいる他の魔物と抗争して弱体化していたのではないかと思われていた。
レストの信用がないというよりも、それだけサブノックという魔獣が恐れられていたのである。
「たとえ弱っていたとしても、魔境の主を倒すことができたのは評価するべきです。クローバー子爵を英雄として祭り上げることにより、内乱の不安から民の目を逸らさなくては」
レストに一番槍を任せたのもそのためである。
必ずしも、それが戦況を変えられるかどうかは問題ではない。
レスト・クローバーという若き英雄が戦いに参加して、活躍したという既成事実が必要なのである。
「……彼には申し訳ないな。王家の失態を隠すため、矢面に立つことになるのだから」
リチャードが申し訳なさそうに表情を暗くさせる。
レストの活躍が必要以上に強調される背景には、王家の一員であるローデル第三王子が反乱に加担していることも理由としてあった。
公にはローデルが旗印となっていることは発表されていないが、いずれはその話も民に広がることだろう。
王家の醜聞を少しでも覆い隠すため、レストという
「若い彼がその重責に耐えられるだろうか……」
「まあ、大丈夫でしょうな……彼はアルバートが娘婿として選んだ男です」
リチャードに比べて、カトレイア侯爵は楽観的である。
顔つきこそ石のようであるが、状況を愉しんでいる様子さえある。
「あのアルバートが娘を二人もやったのですからな。それくらいの重圧には耐えてもらわねば困ります」
「……期待しているのだな。クローバー子爵に」
「ええ、才能ある若者の台頭は年寄りの楽しみ。いつだって痛快なものですからな」
「ほほう、それならば……」
リチャードが悪戯っぽく、提案する。
「そんなに彼に期待しているのなら、君の娘も婚約者にしてやればどうだ? 確か、彼と同年代だったと……」
「やるくるわああっ!?」
「おおっ!?」
カトレイア侯爵が突然、奇声を上げた。
リチャードが驚いて身体をのけ反らせる。
「ゴホン……失礼いたしました。持病の
「…………」
どうやら、カトレイア侯爵に娘の話題は禁句のようである。
「それでは、クローバー子爵の雄姿を見にいきましょう……彼の魔法がどのような結果をもたらすにせよ、それを合図に軍を動かします」
「ああ。必ずやこの戦い、勝利してみせる……!」
カトレイア侯爵とリチャードは頷き合って、指揮を取るべく陣地の前方に進み出る。
その後、二人は彼らが想像だにしていなかった光景を目の当たりにすることになるのであった。
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