第127話 覚悟はとっくに決まってます
『レスト君、君は人を殺すことができるかい?』
この戦争に参加する前、義父であるアルバート・ローズマリーからそんなことを訊かれた。
『君が魔物を殺すのがとても得意であるということは知っている。それはもう、よく知っている。だが……魔物を殺すのと人を殺すのは別物だ』
『戦場帰りの戦士の中には、人を殺めたことで心を壊してしまう人間だっているほどだ。射手や魔法使いはまだマシだがな』
『レスト君。君は優れた魔術師だ。おそらく……才能だけならば、賢人議会の賢者にも匹敵するほどに』
『貴族となり、王の臣下となれば、君はきっと大勢の人間を殺すことを求められる。今回のような反逆者。侵略してきた敵の兵士。獣のように人を襲う蛮族……数えきれない人間を殺めることになるだろう』
『その覚悟があるのか?』
『戦場に立てるのか?』
『人を撃ち殺せるのか?』
「……今さらの話ですよ。義父上」
レストは改めて、思った。
自分は周りの人間に恵まれていると。
ローズマリー侯爵家は優しい人達ばかりだと。
(だからこそ……俺は皆さんに恩返しがしたい。期待に応えたい。守りたいって思うんだよ)
王国軍が盆地に到達して、敵陣が騒がしくなっている。
今はどちらが先に動くかの睨み合いになっているが……リチャードの話では、敵が先に動くだろうとのこと。
戦は高い場所から攻めるのが有利。盆地を挟んで丘で向かい合った両軍は、先に動いた方が不利になってしまう。
それでも……反乱軍は先に動くしかない。
王国軍と反乱軍。数の上で優位なのは王国軍である。
反乱軍が勝利できるとすれば……王都から遥々遠征にやってきた王国軍が移動で疲労しているこのタイミングしかないからだ。
時間が経つにつれて、王国軍の疲労は癒えていく。
それでも動かないのであれば、砦でも作るフリをしてやれば良い。砦の建造を阻止するために、絶対に軍を動かしてくるだろう。
(敵は確実に動く。そして……その瞬間に俺は敵陣に魔法を撃ち込む)
それが王太子から受けた命令である。
レスト・クローバーという貴族の少年にとって、最初の戦争。最初の人殺しだった。
(勝っても負けても人が死ぬ。味方が死ぬよりも、敵に死んでもらった方がずっとマシに決まっているよな)
ここでレストが敵を撃つことにより、王国軍の被害が軽くなる。
圧倒的な力を見せつけることで、敵も戦意を失って戦死せずに済むかもしれない。
これは『トロッコ問題』だ。どちらが大勢を救えるかという問いかけ。大多数を救うために少数を殺せるかという覚悟の問題。
答えはもう出ている。レストは修羅の道だって選択する覚悟があった。とっくの昔に決めているのだ。
「クローバー子爵、敵が動き出しました。どうかご準備をお願いします」
「わかりました。今、行きます」
伝令の兵士が出番を伝えてくる。
レストは待機していた陣幕の中から出て、丘の上に並んだ王国軍の最前線に進み出た。
聞いた通り、反乱軍が動き出そうとしている。じきに陣地から大量の兵士が流れ込んできて、盆地に広がり、やがて丘の上に構えたこちらの軍に襲いかかってくるだろう。
「【星喰】」
レストが魔法を発動させた。
眼前に出現した光を反射しない黒い球体……あらゆる物を呑み込むことができる暗黒星である。
生み出した暗黒星が周囲の太陽光を吸いこんでいく。
辺り一帯がどんどん暗くなっていく。皆既日食でも起こっているかのように。
「おお……!」
「本当に暗くなったぞ……!」
「まさか、光を奪う魔法が本当に……!」
味方の王国軍からざわめきが生じる。
事前に知らせておいたので動揺はそれほど大きくなかった。
一方で、騒がしくなるのは敵陣である。いきなり、周囲に闇が落ちたのだ。
慌てて松明を用意したり、魔法で照らしたりしている。
(まあ、その光も吸い込んでしまうんだけどな……)
時間をかけて、暗黒星の内側に光のエネルギーを溜めていく。
敵が攻撃してくる様子はない。もしもこのタイミングで狙撃でもされようものなら、一巻の終わりだというのに。
(詠唱中に攻撃してくるような無粋な敵はいない……というよりも、あそこからじゃ普通の魔法は届かないか)
「準備ができました……撃ちます」
一分ほど経って、十分な光を集めることができた。
光を蓄えるほどに威力は増していくが……これ以上は限界。
暗黒星を維持し続けることができない。脳がショートしてしまいそうだ。
(狙うは敵の本陣。ただし、完全に集約するのではなくある程度範囲を広げて、本陣の前に構えている兵士ごとまとめて消し去る……!)
「【天照】」
レストが魔法を解放させる。
暗黒星からまばゆいばかりの光が放たれて、特大のレーザー光線が反乱軍に撃ち込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます