第126話 大役を任されます
アイガー侯爵のいる王国南東部に到着した王国軍は、領地の境界上にある丘の上に陣地を築いた。
盆地を挟んで反対側の丘では、すでにアイガー侯爵が待ち構えている。
緩やかな傾斜に沿って展開する兵士は、事前に聞いていたよりも数が多い。おそらく、七万はいることだろう。
王国軍十万と反乱軍七万。
兵数は王国軍が上だったが……圧倒的というほどの差はない。
「盆地には見渡す限り、何もない……伏兵を隠している様子はありませんな」
丘から戦場を見下ろして、ディーブルが言う。
広い盆地は見通しが良い。伏兵を隠せるような場所はなかった。
つまり……正面からのガチンコ戦。真っ向勝負の構えである。
「随分とまあ……自信家なんだな。アイガー侯爵は。正面から戦って勝てるつもりでいるのか?」
王国軍の方が数が多いことくらい、予想がつきそうなものである。
それなのに籠城することなく野戦。おまけに小細工のできない場所を戦場に選んでこようとは……自信家を通り越して愚かとすら思える。
「アイガー侯爵領は平野が多いですからね……大軍を展開できる場所は多いですが、兵を隠せる場所は少ないのです。ならばせめて、領地に踏み込ませないように境界にある盆地で迎え撃というという考えでしょうな」
「籠城戦は援軍がいなければ成立しない……ユーリもそう話していたな。籠城できないから、不利であっても野戦するしかないということか……」
「砦や要塞でもあれば話は違うのでしょうが……国境地帯というわけでもないこの場所に砦など作ろうものなら、その時点で反乱とみなされてしまうでしょう。ギリギリまで尻尾を見せなかった彼らとしては、他に選択肢もないのでしょうな」
理屈はわかった。
そもそも……アイガー侯爵は魔猟祭を利用して、王都に魔獣サブノックをぶつけるつもりだったのだ。
最初から正面対決は想定していなかったため、準備不足も仕方がない。
「それに……戦場では時として、数の差を平然と覆す人間が現れます。レスト様もテスト勉強で習ったのではありませんか?」
「賢人議会の『神槍』ヴァン・ウォーリー。初代国王アダムレット・アイウッド。『神盗人』ジャック・オール・ウー……」
いずれも万の軍勢、万の魔物を単独で打ち倒したとされている人物である。
魔法というものが当たり前に存在しているこの世界において、一騎当千の兵士というのはそこまで珍しいものではない。
騎士団長や宮廷魔術師長官などの指折りの戦力であれば、一人で雑兵千人を倒すことも普通に可能である。
(ついでに……たぶん、俺にもできるな。それくらいは)
万はさすがに自信ないが……千ぽっちの兵士であれば、おそらく独力で倒せるだろう。
もちろん、それを積極的に公言して回るようなことはしない。
「自分は強いんだ。すごいんだ」と口に出して主張する輩の格好悪さは、腹違いの兄を始めとして嫌というほど目にしてきた。
(不言実行。口には出さなくても、実際に結果を出せばそれで……)
「レスト・クローバー卿。ここにいたのか」
敵陣に目を向けながら考え込んでいるレストに何者かの声がかかる。
振り返って声の主を確認するが……レストはすぐに目を見開くことになった。
「王太子殿下……!?」
そこにいたのは、王太子にして王国軍の指揮官であるリチャード・アイウッドだった。
第二王子のアンドリューよりもいくらか年上の王太子が、国王とよく似た柔和な笑みで話しかけてくる。
「貴殿が魔獣サブノックを倒したという学生だな。叙勲式でも見たが……改めて、随分と若いのだな」
「ッ……恐れ入ります!」
レストは慌てて跪いた。ディーブルも、周囲にいる他の兵士達も同じである。
リチャードの傍には護衛の騎士の他に、騎士団長にして副官を任されたカトレイア侯爵の姿もあった。
わざわざ指揮官の王太子がレストに何の用事だろうか?
「ああ、そう畏まらないでもらいたい。貴殿には頼みたいことがあって来たのだ」
「頼み……王太子殿下が、自分にですか?」
「ウム、その通りだ」
思わず口を挟んでしまったレストであったが……無礼を咎められることはなく、リチャードが鷹揚に頷いた。
「現在、我が軍は反乱軍と盆地を挟んで向かい合っているが……遠からず、衝突することになるだろう。その際、クローバー卿には一番槍をお願いしたい」
「…………!」
『一番槍』とは、つまり戦いが始まって真っ先に突撃する人間……レストは魔法使いなので、魔法を撃ち込むようにとのことだろう。
「魔獣サブノックを倒したという大魔法を是非とも、見せてもらいたい。最大火力の一撃と敵に叩きこんで、敵の動揺を誘って欲しいのだ」
一番槍は戦場において、非常に名誉なものとされている。
それを子爵に叙勲されたばかりの若者に任せるのだから、それ相応の考えがあってのことだろう。
「……畏まりました。お受けいたします」
王太子がやれと言っているのだから、レストに首を振る選択肢はない。
レストは膝をついたまま、恭しく頭を下げたのであった。
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