第125話 行軍していますが余計なものがついています

 反乱軍であるアイガー侯爵を征伐するため、王太子リチャード・アイウッドに率いられた兵士十万が王都から南東に向かって進軍していった。

 事前に放った密偵の報告により、アイガー侯爵の領地にはすでに王太后派閥の貴族が集結。兵士も五万を超えているとのことである。


「さっき騎士から聞いてきたけれど……アイガー侯爵は籠城するつもりはないようだね。領地の王都側にある盆地に陣地を築いて、迎え撃つ姿勢を取っているようだよ」


 敵地までの進軍中。

 レストが訊いたわけでもないのに、『彼女』が情報を知らせてくる。


「本来であれば、数が少ない側は籠城するのが正解だろうね。だけど……知っているかい? 籠城戦というのは援軍があってこそ成立するものなんだ。援軍の見込みのない籠城戦は敗北を先送りにしているだけで、勝ち目はまるでないんだよ。アイガー侯爵はその辺りのことを心得ているようだね」


「……そうか」


「平野であれば数が多い王国軍が有利だけど……アッチはすでに陣地を築いていて、こちらは敵地に飛び込むことになるわけだからね。敵の兵士がまだまだ増えていること、地の利が相手にあることを考えると……絶対に勝てる戦争だと甘く見るのは良くないね」


「…………そうか。うん、それはわかったよ。だけど……一つ疑問があるんだけど訊いても良いかな?」


「何だい? 私が知っていることだったら何だって答えるよ?」


「どうして、お前がここにいるんだよ……ユーリ」


 あまり慣れていない馬に乗って進軍中のレスト・クローバー。

 その横に並んできて、気安く話しかけてくるのはユーリ・カトレイア。

 学園のクラスメイトにして、騎士団長であるカトレイア侯爵の実娘である。


「まさかとは思うけど……ついてきたのか? ヴィオラとプリムラに無断で来たんじゃないよな?」


「ああ、心配はいらないよ。ちゃんと置手紙は残してきたからね。『ちょっと敵将の首を獲ってくる』って」


「……余計に心配にならないか、それ?」


 ユーリは学園が休校になってから、ローズマリー侯爵家のタウンハウスにステイしているが……二人が心配する顔が目に浮かんでくるようである。


「しかも、敵将の首を獲るって……戦争に参加するつもりかよ」


「ああ、もちろんだとも。そのために来たんだからね」


 ユーリが「何を今さら」と言わんばかりに胸を張った。

 女性用の軽鎧に身を包んだ大きな胸部がグイッと強調される。


「私達が学園で武術や魔法を学んでいるのは、王国の危機に立ち向かうためだろう? 今日、この時こそが『それ』ではないか。どうして、鍛え上げた肉体と技を使わずにしまい込んでいられるのだ?」


「それは……一理あるけどな」


「ああ、勘違いしないでくれ。別に戦場で来ていない皆を責めているわけではないんだ。人はその生まれと立場に見合った役割があり、戦いがある。例えば……ヴィオラとプリムラが家に残って、君の帰る場所を守っているのも彼女達なりの戦いなんだ。『自分は戦場に出ているから、彼らよりも偉い』などと考えるのはナンセンスだね」


「それで……ここに来ることがユーリの戦いだって言いたいのかよ……」


「そうだとも。私は立場も地位も守らなくてはいけない物もない無位無官の人間だ。ならば、こういう時にこそ捨て身になって戦うべきじゃないかな?」


「…………」


 レストはユーリを追い返して、王都に帰ってもらうための理屈を探すが……残念ながら、脳みその中にそんな便利な言葉はなかった。

 ユーリ・カトレイアはレストともローズマリー姉妹ともまるで異なる思考回路によって、行動している人間だ。

 レストが何を言っても、これと決めたら意思を曲げることはないだろう。


「あの……失礼ですが、よろしいでしょうか?」


 ぐうの音も出ずに黙り込んだレストに代わって、傍にいたディーブルが挙手をする。


「王国軍の副官を勤めているのは、騎士団長であるカトレイア侯爵だったはず。お父上と顔を合わせることになっても良ろしいのでしょうか?」


「おお……!」


 レストが小さく喝采を上げる。

 そういえば……ユーリは父親と喧嘩をしており、それゆえに家出して学園に通っていた。

 父親の名前を出せば、あるいは追い返すことができるかもしれない。


(さすがはディーブル先生だ……目の付け所が違う!)


「フム……そうだな。この軍には父がいる」


 ユーリがわずかに顔を引きつらせるが……しかし、次の瞬間にはパアッと表情を輝かせる。


「まあ、それはそれだ。顔を合わせたら仕方がないなと諦めるさ!」


「そ、そんなに簡単に諦められるのですか……?」


「えっと……魔猟祭には父親が来るから、参加しないって言ってなかったか?」


 ディーブルが顔を引きつらせて、レストも疑問を呈した。

 わりと……否、かなりの脳筋であるユーリは魔猟祭には参加していない。

 父親が来賓としてくるため、顔を合わせたくないからだと話していた。


「私はな……ブロッコリーが嫌いなんだ」


「は?」


「好き嫌いは良くないと、ローズマリーの屋敷にやって来てからプリムラに叱られてしまったよ。たっぷり練習させられたおかげで、ブロッコリーが食べられるようになったんだ」


「…………」


 好き嫌いは良くない。

 ブロッコリーを食べられるようになったから、同じように父親嫌いも克服しなくてはと言いたいのだろうか?


「父親とブロッコリーが一緒のレベルの問題なのか……」


「心配せずとも、私は義勇兵として勝手に動かせてもらう。ローズマリー侯爵家には迷惑をかけないから、気にしないでくれ」


「……むしろ、目の届くところにいてくれた方が安心なのだが?」


「戦場では自由に動くとしよう。上手く敵将を討つことができれば、レストのように叙勲されるかもしれないな!」


「…………」


「おお! そうなれば、父親との確執も解決するじゃないか! 私が新しい家を興して独立すれば、父親とはもう無関係だからな。うん!」


「……もう勝手にしてくれ」


 何を言っても無駄だろうから、好きにさせることにした。


「お願いだから、命だけは大切にしてくれ……君が死んだら、ヴィオラとプリムラが悲しむからな……」


「フム? レストは悲しくないのかな。私が死んでも」


「もちろん、悲しいとも……君は大事な友達だ」


「そうか……うん、そうだな!」


 ユーリがおバカな大型犬のように人懐っこい笑顔になる。


「ならば、頑張って生き残るとしよう! どっちが手柄を立てられるか競争だな!」


「…………」


 勝手にしてくれ。

 レストはもう一度、心の中でそうつぶやくのであった。

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