第124話 出兵します

 国王が反逆者であるベルリオ・アイガー侯爵の征伐を宣言した。

 これにより……正式にアイガー侯爵が国賊として認定されて、討伐対象となった。

 聞いた話によると……すでにアイガー侯爵の領地には王太后派閥の貴族が結集しており、兵士も集まっている。

 現在、確認されているだけで敵兵は五万。まだまだ数を増やしているとのことだった。

 王太子リチャードが指揮する王国軍はおよそ十万。王国建国以来の大きな内乱になることだろう。


「今さらではあるけれど……敵の兵士が集まる前に、攻め込んで倒してしまった方が良いんじゃないかな?」


 出兵直前。

 最後の準備のため、王都にあるローズマリー侯爵家のタウンハウスに戻ってきたレストが不思議そうにつぶやく。

 珍しく鎧を身に着けたレストは背中にマントを羽織っており、そこには二つの家紋が同時に描かれていた。

 一方はローズマリー侯爵家の、もう一方は四葉の紋章……叙爵したばかりの新興貴族であるクローバー子爵家の紋章である。


「おそらく、国王陛下は今回の機会に王太后派閥の貴族を一掃するつもりなのでしょう」


 レストの問いに答えたのは、鎧を着たレストを心配そうに見つめているプリムラである。


「内憂外患を抱えたこの国において、もっとも避けなくてはいけないのは内乱が長引いて泥沼化することです。今回の機会に、王太后派閥の貴族は完全に断絶しなくてはいけません」


 アイウッド王国は王太后派閥の暗躍により、長年、政治の足を引っ張られていた。

 このような事態を終わりにするため、王統派閥に敵対する相手を一掃。再び、中央集権化を図ろうとしているのだ。

 中央集権。国王に権力が集中すれば、先代国王のような暴君を産みかねない。

 しかし、隣国との情勢が怪しい現在の国際情勢を鑑みれば、いざという時に国家の力を結集できる中央集権化は悪い選択ではないのだ。


「でも……ここで負けてしまっては元も子もないわ。負けたら何もかも終わりじゃない」


 ヴィオラが心配そうに言いながら、鞘に入った剣をレストに手渡した。

 レストは腰のベルトに剣を付けて、「そうだな」と同意する。


「短期決戦に臨むのは良いけど、勝てなかったら元も子もない。つまり……ここは絶対に勝利しなくちゃいけないわけだ」


 レストは拳を握りしめる。

 短期決戦。一度きりの総力戦。

 勝利すれば反乱分子を掃討することができるのだろうが、敗北すれば王統派閥は瓦解する。

 国王と王太子の命すらも危うく、国家滅亡の危機である。


「そういえば……国王陛下、最後までローデルの名前は出さなかったな……」


 反乱の首謀者としてアイガー侯爵の名前が発表されたが、旗印となっているローデル第三王子の名前は出ていなかった。

 父親である国王の情けなのか、ローデルがアイガー侯爵に利用されているだけの傀儡であると見抜いてのことなのか。

 あるいは……仮にも王家の人間が反乱に関わっていることを表沙汰にしたくないのかもしれない。


「どちらにしても……絶対に勝つ。せっかく貴族になって領地まで貰ったのに、ここで終わりになんてなって堪るか」


 別に好きで爵位と領地を手に入れたわけではない。

 ローズマリー侯爵家の婿になっただけで十分。これ以上、高望みはしていない。

 だが……それでも、サブノックと命がけで戦って得た成果が泡沫のように消えてしまうのは、いくらなんでも面白くない。

 それに……今回の戦いに王国軍が敗北すれば、王太后派閥がアイウッド王国を支配することになる。

 彼らが政権を獲得して真っ先にやるのは、敵対派閥の根絶。王統派閥の中心であるローズマリー侯爵家は根絶されることだろう。


(そうなれば、ヴィオラとプリムラも……そんなことをさせるものか。絶対に勝ってやる。勝って、ここに帰ってくるんだ……!)


 今のレストには、帰りを待っている人達がいる。

 勝利して戻ってきて、絶対に再会するんだ。


「レスト……頑張ってね」


「レスト様、どうか無事に帰ってきてください」


「ああ、行ってくるよ!」


 ヴィオラとプリムラを残して、レストはローズマリー侯爵家の屋敷を発った。

 叙爵されたことによりレスト・クローバーと名前は変わっているが、実質的にはローズマリー侯爵家の代表である。

 屋敷から出たレストにディーブルを始めとした、ローズマリー侯爵家に所属している魔術師が続いていく。


 レストにとって初めてとなる、人間相手の戦争の幕が開いたのである。

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