第123話 子爵になりました

「王立学園所属……レスト殿、ヴィルヘルム・リュベース殿、アイシス・カーベルト嬢の入室です!」


 侍従が高々と宣言をして、謁見の間の扉が開かれる。

 名前を呼ばれた順番……レスト、リュベース、アイシスが順番に謁見の間に入室した。

 レストの付き添いのローズマリー姉妹も一緒である。レストからエスコートを受けて、謁見の間に足を踏み入れる。


「…………!」


 謁見の間には大勢の人がいて、一瞬だけ気圧されそうになった。

 居並ぶ人々はいずれも身なりが良く、貴族であることが一目でわかる。

 事前に義父のアルバートからも説明を受けているが……ここにいるのは国王と王太子を支持する王統派閥の貴族である。

 つまり、派閥としては味方ばかりなわけだが……彼らの目は品定めをするようなもの。

 同じ派閥内でも上下関係があり、優劣や足の引っ張り合いもある。

 彼らは自分達の派閥の次代を担う若者が味方になるかライバルになるか、あるいは役に立つ存在であるかどうかを見定めようとしているのだろう。


(義父上以外でどうにか顔がわかるのは……宰相であるクロッカス公爵、騎士団長のカトレイア侯爵、それに二人の王子くらいか)


 謁見の間には国王の側近、王太子リチャードと第二王子アンドリューの姿もあった。

 生徒会長でもあるアンドリューはレストと視線が合うと、意味ありげにニヤリと笑いかけてくる。


(そして……こちらが国王陛下か。こんな近くで見るのは初めてだな……)


 数段高い場所に置かれた玉座に腰かけているヒゲ面の男性がダーヴィット・アイウッド。アイウッド王国を治めている国王である。

 国王は暴君であった先王と比べられることが多く、穏やかな気質で寛容な仁君として知られていた。

 もちろん、比較対象が悪いために良いように評価されることが多いのだが……それを抜きにしても、柔和な顔つきで温厚そうな人物に見える。


(威厳という点ではややマイナスかもしれないが……親しみやすい人相だな。王である御方に『親しみやすい』なんて不敬かもしれないけど)


 玉座の前まで進み出たレストはエスコートしていた姉妹から離れて、膝をついて頭を下げる。

 執事のディーブルから何度となく教わった宮廷での礼儀作法である。横ではリュベースとアイシスも同じように跪いていた。


「「…………」」


 ローズマリー姉妹はスカートの端を摘まんで、深く頭を下げている。

 男女の違いはあれど、いずれも王に対する最敬礼の態度だった。


「面を上げよ」


 国王が厳かに言う。

 レスト達は膝をついたまま頭を上げた。

 玉座を下から見上げると……そこに座る国王が穏やかに微笑みかけてくる。


「貴殿らがサブノック平原にて、魔境の主の討伐と魔猟祭参加者の救済に尽力した若き英雄達だな。その功績、誠に見事である」


 王が口を開いて、称賛の言葉を口にする。


「我が国の次世代を担う若者達が見事に育っていることを心から嬉しく思う。貴殿らに褒美を取らせる」


 国王が立ち上がって、一歩二歩と段差を降りてきてレスト達の方にやってくる。

 レストは再び頭を下げて、国王の言葉を待つ。


「アルバート侯爵家配下、レストよ。貴殿を『子爵』に叙して、『クローバー』の姓を与えるものとする。王家の臣下として十分に力を尽くすように」


 国王が錫杖の先をレストの肩に置く。

 レストは息を吸って、国王の言葉に応える。


「『我が剣は王家のため、王国のために振るわれる。栄光あるアイウッド王国に心からの忠誠を』」


 その言葉は爵位を与えられる際に王に宣言する定型文だった。

 事前に何度も練習をしていたため、緊張しながらも淀みなく応えることができた。


「リュベース騎士爵家、ヴィルヘルム・リュベースよ。貴殿を『男爵』に叙して、リュベース男爵を名乗ること許す。王家の臣下として十分に力を尽くすように」


「『我が剣は王家のため、王国のために振るわれる。栄光あるアイウッド王国に心からの忠誠を』」


 同じように、リュベースもまた男爵の地位を与えられる。

 続いて、アイシスも叙爵された。


「三人にはサブノック平原に領地を与えるものとする。開拓のための人員と資金を援助するので、発展のために尽力するように」


「「「承知いたしました」」」


「ウム……そして、ここにいる皆に発表しなくてはいけないことがある」


 国王が一拍置いてから、謁見の間に集まっている一同を見渡した。

 広い部屋にピキリと緊張が走る。この場にいる人間はいずれもわかっているのだ……これから、国王が何を口にするのか。


「先日、王国に仕える臣下であるはずのベルリオ・アイガー侯爵が王家に反旗を翻した。これにより、アイガー侯爵を反逆者として認定するものとする!」


「「「「「…………!」」」」」


 やはり……と一同が息を呑む。

 アイガー侯爵は以前から王家に対して反抗的な態度を取っていたが、いよいよ動き出したのだ。


「すでに王都にいたアイガー侯爵の親族は捕らえている。アイガー侯爵は領地で派閥の貴族と共に兵士を結集させている。これより、王太子リチャードを総指揮官、カトレイア侯爵を副官として討伐軍を差し向ける!」


 国王がいまだ膝をついたままの三人に視線を向ける。


「若き三人の英雄よ。お前達にも討伐軍に加わってもらう。王家に反逆する愚か者に正義の鉄槌を下すのだ!」


「「「仰せのままにイエス・マイロード!」」」


 レスト達が王命を受け入れ、討伐軍への参加を表明する。

 王太后が存命していた時代より、アイウッド王国を蝕んでいた深き暗闇。

 そこに手を入れ、対決する時がやってきたのである。

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