第176話 公爵令嬢の報告

「レスト様が引き継いだ王家の財物……ローデル第三王子の遺産について、整理が終わりました」


 レストがセレスティーヌに任せておいた頼み事とはそれのことである。


 ローデル・アイウッド第三王子が毒杯を賜るにあたって……レストは彼の遺言によって、財産を引きついでいた。

 ローデルの遺産ということは、かつて国を支配していた王太后の遺産でもある。

 国宝の品など、王家に所有権がある物については押収されていたが……それ以外の金や物品、土地の権利書などはレストの所有物となっていた。


(セレスティーヌ嬢にはその遺産の整理を頼んでおいたんだよな……)


 少し前まで平民だったレストには、金はともかくとして芸術品やら書物やらの価値はわからない。

 そこで義父であるアルバート・ローズマリー侯爵に整理を頼んだのだが……アルバートから、クロッカス公爵家に頼んだ方が良いと言われたのだ。


(王家の所有物となれば、縁戚であるクロッカス公爵家の方が詳しいって理由だったな……セレスティーヌ嬢に頼むのは申し訳ないと思っていたんだけど、快く引き受けてもらって助かった……)


 手間賃として、遺産をいくらかもらってくれても良いとも伝えてある。

 むしろ……金が多過ぎて困っているくらいなので、押しつけたいくらいだった。


「細かい目録は後ほど、お渡しいたしますわ。処分に困る物は引き取って欲しいとの話でしたので、売却の明細も御一緒に」


「手間をかけて悪かったな。大変だったんじゃないかな?」


「いえ……実際に処理をしたのは当家の執事と、贔屓ひいきにしている鑑定士ですから。私はさして何もしておりませんわ」


 セレスティーヌは「しかし……」とわずかに声のトーンを低くさせる。


「それでも、気になった物がいくつかありましたので。直接、お伝えした方が良いかと思ってうかがわせていただきました」


「気になった物……?」


「はい……」


 セレスティーヌがチラリとユーリの方に目を向けた。

 ユーリは白パンを頬張っており、止まった会話に首を傾げている。


「ああ……別に良いよ。俺は気にしないから」


 このメンバーの中で、ユーリは無関係な人間である。

 婚約者であるヴィオラとプリムラはともかくとして、ユーリに聞かせても良いのかという意味の沈黙だったのだろう。


「わかりました……それでは」


 レストの許可を得て、セレスティーヌが改めて口を開く。


「まず、いくつかの魔導書についてです。遺産の中には稀少な魔導書がありました」


「魔導書……それは興味深いな」


「はい、魔術を志す人間でしたら垂涎すいぜんものの貴重品もありました。さすがに禁書とされている書物については王家が没収いたしましたが……」


「それ以外にも貴重な本があったんですね……!」


 プリムラが期待からか、目を大きくさせて反応した。

 研究や読書が好きなのも、姉と違う部分である。


「それじゃあ、それらの魔導書はローズマリー侯爵家に送ってもらえるかな? 宮廷魔術師の長官でもあるし、ちょうど良いだろう?」


 それならば、プリムラもいつでも好きな時に読むことができる。

 レストも興味があるし……ちょうど良い部分だろう。


「わかりました。それでは、そのように」


「歴史書とかの資料は専門機関に寄付するよ。俺が持っていても、宝の持ち腐れだからね。金で処分しづらい美術品とかも寄付で良い」


「かしこまりました。手配しておきますわ……きっと王立美術館の館長が喜ばれることでしょう」


「どれだけ貴重な品でも、その価値をわからない人間が持っていても仕方がないからね」


 レストは苦笑しつつ、肩をすくめた。

 世の中の富豪には美術品や骨董品を買い集めて、そのまま蔵にしまい込んでしまう人間も多いという。

 価値のわからないレストの手元にあるよりも、ずっと有効活用だろう。


「それから、もう一つ……遺産の中に奇妙な物がありました。とある辺境の土地の権利書です」


「土地の権利書? 王家の直轄地とか?」


「いえ、そういった土地とは別物です。ローデル殿下が……王太后陛下が個人的に所有していた別荘のようですけど……?」


 セレスティーヌの怪訝そうな顔を見るに、どうして、王太后がその土地を持っていたのかわからないのだろう。


「それはどんな土地なんだ?」


「王国の西側にある海辺の土地です。避暑地や観光地でもなく、目立った特産品もありません……人をやって調べたところによると、王太后陛下が晩年、身分を隠してその土地で療養していたようです」


「…………」


 権力争いに執心していた王太后も、死の間際は穏やかに生きていこうとしていたのだろうか。

 放っておけば良い話のような気もするが……妙に気になってしまう。


「……その土地について、他にわかることはあるのか?」


「西海に面した小さな漁村があるくらいです。まあ、生魚を食べる珍しい習慣があるのが特色といえば特色ですね」


「生魚……刺身のことか?」


 この国では、生魚を食べるという文化はない。

 醤油や味噌もなくて、レストは少しだけ不満に感じていた。


「そういえば……その漁村では王太后陛下は偽名を名乗っており、土地の人間には『サナダ・ショーコ』と呼ばれていたそうですよ?」


「…………!」


 その名前を聞いて、レストは大きく目を見開いた。

 セレスティーヌの口から出た名前はレストにとっては馴染みのある、日本人風の名前であった。

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