第177話 とある護衛達の疑問


「ヘックシ……ああ、冷えてきたな」


「最近、寒くなってきたからなあ……」


 レストがセレスティーヌから衝撃の発言を受けている一方。

 彼らがいるコテージの外では、何人かの人間が愚痴を吐きながら鼻をすすっている。

 六人の男達だったが……彼らはボヤキながらも、視線は真っすぐコテージに向けられていた。

 彼らの正体は別々の貴族家に仕えている魔術師と兵士である。

 二人一組。一組目がローズマリー侯爵家の人間であり、二組目がクロッカス公爵家の人間。そして……最後がカトレイア侯爵家の人間だ。

 それぞれがローズマリー姉妹、ユーリ、セレスティーヌの護衛……あるいは、見張りである。


 ローズマリー姉妹とユーリはそれぞれ侯爵家、セレスティーヌは公爵家の令嬢だ。

 当然ながら……護衛も付けずに表を歩けるような身分ではなかった。

 レストがいるとはいえ、四六時中、彼女達に張りついていられるわけではない。

 それぞれの家から護衛の人間が選出されており、影ながら見守っていたのである。


「えっと……アンタは初めてだよな?」


「ああ、はい。クロッカス公爵家の者です」


「まさか、セレスティーヌ嬢がこんな場所にねえ……ああ、俺はカトレイア侯爵家の者だ。ユーリお嬢様を見張っている」


「見張り? 護衛ではなくて?」


「あー……一応、護衛でもある。必要あるかどうかは知らないけど」


 カトレイア侯爵家の兵士が苦笑いをした。

 彼らの見張り……あるいは護衛対象であるユーリはとんでもなく強力なフィジカルの持ち主である。

 少なくとも、ここにいる護衛の兵士よりもよっぽど強い。

 先日までカトレイア侯爵家の屋敷に軟禁されていたのだが、主人の留守を狙って警護の兵士を薙ぎ払って逃亡していた。


 その後、ユーリはレストと合流して平原の開拓に参加したのだが……開拓の指揮を執っている第二王子アンドリューの手前、無理に連れ戻すこともできない状態となっている。

 カトレイア侯爵は渋々ながら、部下を見張りにつけるに留めていた。


「それにしても……改めて、スゲエよな。この小さなコテージにどれだけの人間が集まっているって話だよ」


 兵士の一人が感心したような、呆れたような声で言う。

 コテージの中にはローズマリー侯爵家、カトレイア侯爵家、クロッカス公爵家の令嬢が勢揃いしている。

 王都の学園ならばまだしも、生まれたての開拓村にこれだけの人間が一堂に会しているなど非常に稀有なことだった。


「その中心にいる人物……レスト・クローバー伯爵か……」


「本当に何者なんだろうな? 平民出身らしいけど……」


「奥様のお気に入りなんだよ。旦那様もなんだかんだ言って気に入っている」


 護衛達が口々に言って、首を傾げる。

 平民でありながら十代の若さで伯爵に叙爵されて、王国が誇る上位貴族の美姫に囲まれている少年。

 改めて考えると、不思議な人間だった。


「一応、父親は宮廷魔術師らしいぜ。絶縁しているらしいけど」


「ヴィオラお嬢様とプリムラお嬢様の危機を救ったとか……詳しいことは知らないが」


「ユーリお嬢様とはどこで知り合ったんだ? ただのクラスメイトにしては距離が近い気がするが……」


「セレスティーヌ様とも親しく付き合いがあるようでな……まあ、一代で伯爵になるような方だ。目をかけるのはわかるが」


 護衛達が口々に言って、レスト・クローバーという人間について話している。

 しかし……誰からともなく、全員が共通して気になっていた話題へと移っていく。


「それで……アレは……」


「ああ……アレは何だろうな?」


「いや、誰かはわかっているんだが……」


「うん、何故だ?」


 護衛達の視線がずれて、少し離れた建物の陰へと集中する。


「……ハア、ハア……フンフン……」


 そこにいたのは小柄な少女である。

 紫色の髪をボブカットにしており、眠そうな……それでいて強い眼差しでレスト達がいるコテージを見つめていた。

 少女の傍らには従者らしき女性が直立不動で立っており、護衛達と目が合うと会釈をしてくる。


「えっと……本当なのですか、あちらのお嬢さんがラベンダー辺境伯令嬢だというのは?」


「……本当だ。すでに身分は確認している」


 クロッカス公爵家の兵士の言葉に、ローズマリー侯爵家の魔術師が答える。

 物陰からレスト達のコテージをジッと見つめているのは、東の大貴族であるラベンダー辺境伯家の令嬢……ウルラ・ラベンダーだった。

 彼女はしばらく前から毎日のように、ここにやってきては物陰に潜んで見つめてきていた。


 もちろん、護衛である彼らは不審に思って声をかけた。

 本当にラベンダー辺境伯家の令嬢なのか身元も確認した。

 そして……明らかになった身分と肩書に「どこかに行け」とも言うことができず、放置することになったのである。


「ヴィオラ様とプリムラ様からは何をしてくるでもないのなら、放置して良いと言われているが……」


「ああ、話を聞こうとしてもすぐに逃げてしまうからな」


「相手が相手だけに、強く出られない……まあ、物陰から見ているだけなのだが」


「そ、そうですか……」


 先にいる四人の言葉に、クロッカス公爵家の兵士二人が顔を見合わせる。


 本当に……この場所で何が起こっているというのだろう。

 ローズマリー、カトレイア、クロッカスに続いて、ラベンダー辺境伯家の令嬢まで現れようとは。


(((((レスト・クローバー……本当に何者なんだ?)))))


 それはこの場にいる人間が胸に抱いた、共通の疑問なのだった。

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