第178話 王太后の秘密

 セレスティーヌがわざわざ開拓村に来てくれたわけだが……もちろん、彼女はレスト達が暮らしているコテージに泊まっていくことはなかった。

 別のコテージを借りているらしくて、そこに一泊してからいくつか用事を済ませて、王都に帰っていったようである。


 ユーリのように奔放な少女であればまだしも、一般的な貴族令嬢であれば当然の判断だ。

 花も恥じらうような淑女の鑑である公爵令嬢が、若い男の家に泊まるようなはしたない行動をするわけがないのである。


(それはともかくとして……やっぱり、セレスティーヌが言っていたことは気になるな……)


 サナダ・ショーコ。

 それがとある土地で王太后が名乗っていた偽名である。

 その名前は明らかな和名。日本人としか思えないような名前だった。


(もしかして、万が一とは思っていたが……やっぱり、王太后陛下もこっち側の人間だったというわけか……!)


 前々から気になってはいたのだ。

 王太后であるフレデリカ・アイウッドは下級貴族の出身者なのだが、暴君に気に入られて王妃となった。

 その後、セレスティーヌの祖父やアイガー侯爵を始めとした幾人もの有力者を味方につけて、暴君を打倒。

 今のアイウッド王国の土台を作った人間。

 女性ながらににして次代を変えた手腕は、さながら北条政子かエリザベス女王。歴史ドラマの主人公を張れるような大活躍である。

 転生者であると言われたら、むしろ納得ではないか。


(やっぱり、いたんだな……転生者が自分だけだとは思っていなかった。やっぱり、他にもいた……!)


 レストは以前から思っていた。

 特別な人間が自分だけなのだろうか、他にも転生者はいないのか……と。

 選ばれたのが自分だけだと思うほど、レストは自分という人間を過大評価してはいない。

 他にも転生者がいたとしても、少しも不思議なことはなかった。


(王太后は人心掌握に長けていたんだよな……暴君の妻として見初められて、何人もの有力者を自分の味方にして……俺のような無限の魔力の持ち主というわけじゃなくて、魅了とか精神操作系統の能力か?)


 すでに鬼籍に入っている人間だ。確認のしようがない。

 それでも……やれることができるとしたら、王太后が晩年を過ごしたという土地を調べることだ。

 レストが相続することになった、王太后所有の土地。

 わざわざ、『サナダ・ショーコ』などという日本人名を名乗っていたのだから、そこが王太后にとって特別な場所だったのは間違いないだろう。


 そこを調査すれば、きっと何か手掛かりが見つかるはず。


(とはいえ……すぐには動けない。今は開拓の真っ最中だからな……勝手に動くわけにはいかない)


 王太后のことは気になるが……今のレストは伯爵である。

 地位を手に入れるというのは、それに付随した責任を背負うことだ。

 伯爵として領地を与えられた。ならば……それを開拓して管理しなくてはいけない。それが貴族の義務だ。

 レストが抜ければ、別の誰かに迷惑がかかってしまう。

 独断で身勝手な行動は取れないのだ。


(今は動けないが……俺は調べなくてはいけない。王太后陛下がどうしてローデルを甘やかしたのか。その理由を……!)


 この際、王太后が転生者であるかどうかはどうでも良い。

 それも大事なことではあるのだろうが……それよりも、王太后がどうしてローデルを甘やかして人格を捻じ曲げたのかを知りたかった。


 ローデルは根っこから腐った人間ではなかった。

 これは正面からぶつかり合ったレストだからこそ、いえることかもしれない。

 実際に被害を受けた人間……たとえば、恋人に手を出されそうになったのを止めようとして丸焼けにされた同級生などは、ローデルが生まれながらの悪魔だと思っているだろう。

 婚約者として何年も迷惑をこうむってきたセレスティーヌなども、ローデルのことを嫌っているに違いない。


 だが……それでも、レストは思う。

 もしも、もう少しだけ真っ当に育てられたのなら……自分を客観的に見られる人間であったのなら、あるいは友になれたかもしれないと。


(まあ、これはアレだな……嫌な奴ほど、いなくなったら寂しくなるみたいなやつだな……)


 もちろん、わかっている。

 ローデルは悪人だった。それは否定できない。

 映画版でしか善良にならない人間なんて、普通に嫌な奴に決まっている。

 普段から人に迷惑をかけている不良がたまに良いことをしただけで評価されるなど、真面目に生きている人間からしてみれば理不尽なだけではないか。


 ともあれ……レストは王太后について、改めて調べてみることに決めた。

 開拓が一段落ついたら、レストが相続したという土地……王太后が別荘のように使っていた場所に行って調査をしようと思う。


 そのためには、開拓に一段落を着ける必要がある。

 レストが担当している区域……平原中心部を落ち着けるため、結界を張ってもらわなければいけない。


(結界が張られて、平原中心部の魔力が薄くなったら安全だ。魔境の主が生まれることはない。結界によって魔物だって追い払うことができる……そうすれば、王太后が所有していた土地を調べにいくことができる)


 そして……結界を張ることに長けた宮廷魔術師が近日中にやってくる。

 レストはアンドリューからそのように聞いていた。


「それで……何で、お前がここにいるんだよ」


 アンドリューの言葉は正しかった。

 セレスティーヌの報告を受けて、一週間とかからずに宮廷魔術師はやってきた。


「ルーカス・エベルン名誉子爵……まさか、ここで貴方に会うことになるとは思っていなかったよ」


「う……」


 レストが思わず半眼になって睨みつけると……顔を合わせた宮廷魔術師が気まずそうな表情になる。


 その男の名前はルーカス・エベルン。

 レストにとっては血のつながった父親であり、母を見捨てて、自分を虐待した張本人であった。

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