第179話 毒親と再会しました

 開拓団の拠点であるキャンプ地にて、レストは実父との思わぬ再会を果たした。


(まさか……ここでこの男と会うだなんて……)


 現れた宮廷魔術師……ルーカス・エベルンを前にして、レストは眉間に思いきりシワを寄せる。

 ルーカスと最後に顔を合わせたのは学園入学前。

 ローズマリー侯爵家への婿入りも決まって、最後の挨拶に訪れた時のことである。


 名誉子爵家という『貴族もどき』であるエベルン家は息子が役職を得られなければ、没落して平民になってしまう。

 可愛い息子のセドリックが学園入学を逃したことで、ルーカスはレストを引き留めようとしたのだが……冷たくあしらったのはまだ記憶に新しい。


(まだ生きてたんだな……いや、殺した覚えはないからそうなんだろうけど)


「ひ、久しぶりだな……いえ、ですね」


 ルーカスは気まずそうに言葉を濁しながら、頭を下げてくる。

 その顔は青ざめており、唇も白くてわずかに震えていた。

 息子があんなことになったからだろう……以前よりもやつれているように見える。


(無理もないよな。自分がさんざん冷遇してきた庶子の息子が頭を抜いて大出世したんだから)


 レストが伯爵になったことも耳に入っているのだろう。

 ルーカスの表情は怯えきっており、復讐を恐れている様子だった。


 実際、ルーカスは何をされてもおかしくないような立場である。

 エベルン名誉子爵家にいた頃、レストは日常的に虐待を受けていた。

 主人の息子でありながら馬小屋での生活を強いられ、与えられる食事は残飯ばかり。

 親切な使用人が食べ物を分けてくれなければ、栄養失調になっていたことだろう。

 給料などは与えられることなく奴隷のように労働をさせられ、極めつけはセドリックからの虐待。

 魔法の練習台にされて、普通の子供だったら死んでもおかしくないような怪我を何度もさせられた。


(今更ながら……俺に転生チートがあって良かったよな。治癒魔法とか使えなかったら、普通に死んでいるだろ……それに、すっかり忘れていたな。皆に恩返しをしなくちゃいけなかったんだ)


 そういえば……今さらながら、レストは思い出した。

 ローズマリー侯爵家に移り住んでから、色々あったために失念していたが……エベルン名誉子爵家の使用人達にいずれ恩返しをしなくてはと考えていたのだ。

 彼らからは食料を分けてもらったり、傷薬をもらったりしていた。

 ルーカスにお手付きにされて孕まされた母親もまた、使用人時代には世話になったとのこと。


(そうだな……とりあえず、全員に金貨でも配るか? エベルン名誉子爵家が没落したら、就職の面倒もみてあげよう)


 一人につき金貨百枚も贈れば、十分に恩義に報いたことになるだろう。

 数枚でも十分だろうが……飢えている時のパンには黄金の価値がある。

 どうせ金は使い切れないほどに余っているのだから、湯水のように使わせてもらおう。


(いや……この男と再会しなければ、恩返しのことを忘れたままだったな……嫌な再会かと思ったが、存外に役に立ったじゃないか)


「そ、その……クローバー伯爵におかれましては、ご機嫌麗しく……本日はその、全力で力を……」


 レストが考え事をしているよそで、ルーカスは揉み手をしながら媚びた笑みでダラダラと話していた。

 伯爵であり、宮廷魔術師長官の婿になるレストの心象を良くしたいようだが……レストはその話をほとんど聞いていなかったので意味はない。


「そ、その……つきましては私ども、名誉子爵家に……」


「いつまで、トロトロと話をしているんだい! 邪魔だからどきな!」


「痛っ!」


 しかし、そんなルーカスの頭が木の杖によって殴られる。

 いつの間にか、ルーカスの後ろから二人の人間がやってきていたのだ。


「やあ、クローバー伯爵。そっちの挨拶は済んだかな?」


「アンドリュー殿下……」


 現れた一人はアンドリュー・アイウッド。

 親しげな笑みを浮かべて、右手を挙げてくる。


「ちょっと打ち合わせに時間がかかってしまった。遅れて済まないな」


「それは構いませんが……そちらの方は?」


「ああ、アンタがアルバートの婿だね! あの男に似て、小賢しそうな顔をしているじゃないかい!」


 アンドリューに連れられてやってきたのは、腰の曲がった老婆である。

 枯れ木のような細身でシワクチャの顔。まるで占い師のようなローブを羽織っており、右手には樫の杖……ルーカスを殴ったのも彼女だった。


「こちらはジャラナ・メイティス師。宮廷魔術師で結界術の第一人者だ」


「尊敬を込めて『導師』と呼ぶことを許してやろうじゃないか。せいぜい敬いなよ!」


 アンドリューの紹介を受けて、メイティスという名の老人が偉そうに言ってのけたのであった。

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